三礼目 仲間

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 部活が終わると、和仁はひとり、【綾波】と表札に書かれた家の前に立っていた。この家の前に立つのも、もう何か月ぶりだろうか。あの頃は、辰の中の重い扉が開くまで、必ず通い続けるつもりでいたのに。予想していたよりも遥かに深い辰の傷に、怖気付(おじけづ)いてしまった過去の自分が居た。宗也が涼を責めた時、和仁は、正直、自分に言われているような気持ちだった。 (俺が、辰のことをあきらめなかったら?たとえ、辰に止められていても、俺が宗也や秋に一言、相談していたら?)  違う答えが出ていたかもしれない。そう思わずには、居られなかった。  五月とは言え、時刻はもう夜の七時近い。真上に感じる月明かりが、早くインターホンを押せと、迫ってくるみたいだ。  ほんの少し右手を伸ばしてみるが、数秒後には、もと居た位置へと戻ってしまう。自分の身体なのに、思うように勇気を振り絞ることが出来ない。 「お前らって、人の家にひとりで押しかけるのが特技なの?」 「……涼。」  生まれつきのものなのか、色素の薄い透き通った肌に、凛とした精悍(せいかん)な顔立ち。細くてさらさらとした焦げ茶色の髪は、月明かりに照らされて、いつもより輝いて見える。自転車のハンドルを手で押す姿は、まるで、少女漫画のヒーローが、ヒロインを迎えに訪れたみたいだ。 「宗也に、さっき聞いた。……俺の家に宗也がひとりで突っ走って行ったのを、和仁と秋が止めに行って、玄関前で、かあさんに捕まったって。」 「嗚呼……。」  つい、数日前の出来事なのに、あらためて思い返すと、既に懐かしく感じる。 「考え無しなのは、宗也だけかと思ったら、お前もだったんだな。」  こちらを見る涼の目が、呆れている。 「ごめん。」 「別に謝ってほしくて、チャリ飛ばして来たわけじゃねーけど?」  自転車の籠には、見覚えのある大きな黒いリュックが入っている。それは、涼が家に帰らず、あの状態の宗也を送った足で、そのまま此処へ駆けつけてくれたことを示していた。 「うん。……涼は、どうしたらいいと思う?俺は、辰が悩んでいること、ずっと前から、知ってたんだ……。」  涼しい夜風が、ツンと鼻先に当たって、崩壊寸前の涙腺が、もう限界だと訴えかけてくる。 「それで?」 「……えっ?」  思いがけない返答に、和仁の涙が奥へ少し、引っ込んだ。 「俺には、辰ってやつのことは、よく解らないけど、でも、昼間も、放課後も、それと今も。お前が泣きそうになってるのは、よく解るよ。」 「そっ、そう?」  悟られたくなかったけれど、人の感情の機微に鈍感な宗也や、基本的に寡黙な秋とは違い、涼は見逃してはくれなさそうだ。
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