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「まずはお前が泣けるのが、先なんじゃないか?」
全身が、一瞬にして固まった。
この何年か、和仁は一度も泣いていなかったからだ。常に、当たり障りのない笑顔で、中学校生活も高校生活も、過ごしてきた。別に、無理にそうしてきたわけではなかったけれど、波風を立てずに、日常を送ることが出来る。それが、最善策だと思ったし、特に、精神状態が不安定になりやすい中学時代は、和仁のこの考えが、功を奏したことも少なくなかった。
誰かが泣いていると、その人の周りも自然と暗い雰囲気になる。それは決して好ましいことではない。和仁の感覚からすると、それは、喧嘩をする以上にやってはいけないタブーのように思えていた。
「泣いてもっ、いい……のかな?」
怒られるのを恐れている幼い子供のような和仁を、涼は急かすでもなく、怒るでもなく、じっと見つめている。
数秒に渡る沈黙の後、
「子供だって泣きたい時に、どうすればいいのかなんて知ってるぞ?……周りにもっと甘えろよ。」
優しい言葉と向けられた視線に、和仁の涙腺はとうとう崩壊した。数日前、涼が宗也と揉めた時、正直、よく出逢って数日で、いくら売り言葉に買い言葉であったとしても、感情を剥き出しに出来るものだと思っていたのに。他人の涙を目にしたからだろうか。
まさか自分まで、こんなにも感情を露わにする日が来ようとは、和仁は夢にも思って居なかった。
思い切り数年分の涙を絞り出した先には、とびきり甘い顔の涼が居た。これが無自覚なのだから、本当に恐ろしい。
自分が女子ではなかったことに、和仁は感謝した。と同時に、これまで涼に片想いし、人知れず散っていった女子がどれほど居たのだろうかと思うと、それはそれで、急に涼が憎らしく思えた。
「ん。」
差し出された右手には、和仁が好んでよく飲んでいるオレンジ色のほうじ茶ラテの缶が握られていた。此処に来る途中に買ったのだろう。缶は、まだ温かい。
「ズッ、なんか、格好良すぎて、腹立つよ。」
無自覚な涼に傷つけられたであろう女子たちの代弁者になったつもりで、言い返す。
「お前、それ返せ。」
「イヤだ。だって、俺用でしょ?コレ。」
和仁が直接は教えていない好物を、恐らくは、宗也からわざわざ聞き出して買って来てくれたのだろう。その努力に感謝して、和仁は、笑顔で受け取ってあげた。
「その顔、クソ腹立つ。やっぱり返せ。」
「イヤだねぇ~。」
和仁の顔は、にやにやとした、ひたすら楽しそうなものへと変わっていた。
そんな、楽しそうな和仁達を見下ろすふたつの影。
「いいの?出て行かなくて。和仁くんでしょう?」
「いいんだ。和仁まで、人間に失望してなくて良かった……。」
「辰……。」
閉じられたカーテンの奥で、辰が、数ヶ月ぶりに、ほんの少し、微笑んだ。
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