一礼目 東京へ

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 携帯に送られてきた店の名前と、自分が今目の前にしている土産物屋の名前とを二、三度繰り返し照らし合わせ、やはりここで間違いないと心の中で呟きながら、迎えの人間を待つ。  引っ越しから三日後、新しい学校の制服へと袖を通し、これまで一軒家暮らしをしていたから、人生で数度しか乗ったことがなかったエレベーターを使って、マンションのエントランスまで降りた。  もうしばらく、見ることはないであろうあの茶畑たちが、信号待ちでふと瞼を閉じた時、瞼の裏に蘇る。けれど、赤色の信号が緑色に変わった次の瞬間、床一面のコンクリートが、鮮やかな過去の世界から、灰色の現実へと涼を引き戻す。 『真行(しんぎょう)高校』  学校案内のパンフレットに書かれたその名前が、突き刺さる。  【(しん)(ぎょう)(そう)】これは、茶道における御辞儀の基本だ。真が最も深く、行、草と、格が落ちるに連れ、徐々に御辞儀の角度が浅くなる。他にも、この三文字は茶道そのものの格を表し、御茶に打ち込む人間の心得として、とても大切な言葉だ。  三文字中二文字が順序良く並んだその文字は、自分に茶道をあきらめるなと言っているように思えて、この高校を選んだ両親が、少し恨めしく感じた。  あと数分で学校に着くといったところに、甘味処があった。気にはなったけれど、流石に、転校初日から寄り道して遅刻は、悪名が高すぎるので、そこは思いとどまることにして、学校へと急いだ。  やはり、都会の甘味処と言うべきか、上品な装いで、和風とも洋風とも受け取れるその外観は、不思議とビルとビルの間に挟まれていても違和感はなかった。ほんのりオレンジがかった照明が、どこか懐かしいお店だった。
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