四礼目 雨よ上がれ

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 進学クラス用の校舎である東棟の裏庭で、無造作に捨てられた椅子を移動させる。  (まぁ、(ひが)みくらい多少あるよな。)  人生初めてとも言える嫌がらせにも、本人は比較的冷静だった。  それからしばらく、何事もなく過ごしていると、今度は、辰のロッカーの鍵が壊された。ロッカーは学校の備品なので、流石に、担任へ相談しに行く。 (弁償代払うとか、あんのかな……?)  翌朝。お金に関する心配を抱え、辰が自分の席を訪れると、机に『死ね』と、油性マジックで大きく書かれていた。  この頃からだ。  事態は急速に、悪化の一途を辿り始めた。  上履きを隠され、お弁当がゴミ箱に捨てられ、教科書がなくなった。辰の身の回りに、いじめと思われることが、日増しに日増しに増えていく。 (進学クラスは普段、東棟で授業を受けてて、東棟へは、他のクラスの人間は出入りすることが出来ないし。他クラスと交流することが出来るのは、学校全体のイベントや委員会、部活だけだ。きっと、閉鎖された空間にずっと居るからいけないんだ。)  そう考えた辰は、打開策として、夏休み直前、茶道部に入ることにした。 (環境が変わって、俺の雰囲気も変われば、いじめなんか、きっとなくなる。)  祈るような気持ちで、入部届を提出した。  いざ入ってみると、一年生部員は、標準クラスの男子しかいない。何より、茶道のような静かで落ち着いた雰囲気は、辰の好みだったので、この選択は正解だった。 (【いじめ】そんなものは、時間が解決してくれる。学校が長期休暇に入れば、落ち着くはずだ。)  前向きに、現実と向き合う。十五歳の青年は、誰に相談するでもなく、ひとりで考え、行動した。  そんな中。最も辰を困らせたのは、犯人の特定だった。 (う~~ん。相手がわかんないと止めてもらいようがないんだよなぁ。)  この頃になると。朝、登校しても、誰ひとり話し掛けてはくれなくなった。  けれど、辰自身。 (それはそれで、自習に集中出来て、むしろ良いんだよな……。)  なんて。そんな調子でいるもんだから、事態はなおさら膠着(こうちゃく)状態を極めていく。 (せめてまだ、学校で直接、悪口を言われてれば。)  そう思ってしまうことがあるくらい、正体不明の犯人に、辰は成す術を失っていた。  ただ、得体の知れない何者かによって、必要なものがなくなったり、不快と思うことを、数ヶ月間され続ける。誰に、八つ当たりすることも出来ない。犯人が解らない。二学期に入って、辰の中の黒い塊は、大きくなるばかりだった。
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