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何ヶ月という月日を、誰に相談するでもなく過ごした辰は、和仁にだけ。クラスでのいじめを打ち明けた。
もちろん。闇雲に相談することが出来たわけではない。他人を頼ることを選択して来なかった彼が、相談しようと思えたのには、ひとつ、大きな理由があった。
それは、和仁の態度。
部活帰りに、和仁とふたりで下校していたある日。辰達の目線の先に、見覚えのある集団がいた。進学クラスの奴らだと、一目で解る。鋭利なナイフより鋭く痛い視線を、辰に向けていたからだった。傍から見れば、ただ睨まれているだけ。
(怖がったら、負けだ。)
辰は、そう自分に言い聞かせた。けれど、見たくなんてないのに、青年の視線は、金縛りにあったみたいに、集団から逸らすことが出来なかった。
あれだけ鋭い視線を隣に送られていれば、流石に気が付くだろう。なのに、和仁は、決して、動じることなく、辰に話しかけ続けた。
奴らが居るから、わざと声量を上げるでもなく、かと言って、辰から距離を置くでもなく、本当に、自然に話しかけ続けたのだ。
その変わらなさっぷりと言ったらもう。あまりのそつなさに、辰が、(もしかして、奴らの存在に気付いてなかったのか?)と、ほんの一瞬、不安になるほどだった。
結局、その日。和仁とは、進学クラスの集団について触れることなく、辰は別れた。
(クラスでのいじめがバレてしまった以上。距離を取られるのは、必然だよな……。)
辰はそう考えていた。
(嗚呼……。これで、部活も地獄に変わるのか。)
けれど現実は大きく違った。
週明けに行なわれた学級委員総会でも、和仁は、辰の隣に進学クラスの人間が居るのに、何食わぬ顔で、普通に話しかけてきたのだ。
「なぁ、お前、気付いてないのか?」
「ん?」
「いや、だから……。」
あまりにとぼけた顔をされたので、心配になる。
しかし、次の瞬間。目の前で、辰を見つめる青年は、不思議そうに口を開いた。
「その話、したい?俺は、進学クラスじゃないし、クラスで辰が楽しくないなら、なおさら俺とは、楽しい話をした方が良いと思ったんだけど?」
はぐらかすわけでもなく、ただの質問として言っているのが、表情から見て取れた。
『自分は進学クラスじゃない。』
どんな着飾った社交辞令よりも、その事実に基づいた言葉は、信じられるもののように思えた。
それから、最後に学校で会うまで、和仁の態度は一貫して、変わらなかった。
適度に相槌を打ちながら、愚痴を聞いてくれる時も、こういう時よく使われる意味のない『大丈夫』や『無理しないで』を、和仁は一度として、言わなかった。
『親に相談した方がいいよ。』
『休みたい時は休んだ方が、その内、後でつらくならずに済むよ。』
貰った言葉は、どれも飾らない真実ばかり。
ザワザワとした不快に、散々胸を苦しまされた辰にとって、和仁の言葉が胸に染みた。
本当に傷ついている時は、綺麗な言葉は胸に響かないのかもしれない。まぁ、これは、辰の性格がひねくれたことによるものかもしれない。ある意味、いじめが辰へともたらしたなによりの後遺症だとも言える。
しばらくして、母親とは、なんとか会話が出来るようになったけれど、辰の状態は、決して、芳しいものではなかった。申し訳なさから、和仁に、家に通ってくれるのを、やめるように頼んだ。
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