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廃部がかかったこの状況で、サル以下かもと思わしき理解力の宗也に、勉強を教えることを受け入れる人間など存在するのかと、涼は考えていたが、辰は、インターホン越しに、あっさりと承諾した。
その帰り道、隣を歩く和仁に問いかける。
「どういうやつなんだ。辰って?変わってるにもほどがあるだろ。」
「涼。確かに俺も驚いたけど、きっと、辰なりに俺達のことを考えてくれたんだと思う。」
眼鏡の奥の瞳は、一切、笑っていない。
「お前……。」
「なに?」
名前を呼ばれた後の、すっきりとしたその表情に、涼は完敗だった。
「はぁ、もういいよ。俺は、お前の親友を信じるわ。」
「……ありがと。」
言った方も、言われた方も、口元に小さく、笑みを浮かべている。
御茶室で、宗也が死んだ魚のような顔をしていた時には、まだ降っていた雨が、夜になり上がっていた。雲の切れ間に、ほんの少し月の光が差し込んでいる。その後、ふたりは一言も発さず、帰路に着いた。もう、余分な言葉は要らない。そんな夜が更けていった。
その翌日、部活後の帰り道。秋と和仁は、共に下校していた。
「今日の稽古、涼ちゃん、雰囲気違ったね。」
「……そうだね。」
梅雨の雨が、秋と和仁の話す息を白くする。
「秋は、今日、普段より緊張してたね。所作も点て方も、硬かった。」
「……だって、いくらなんでも、動揺するよ。涼ちゃんが入部してくれたおかげで、せっかく廃部の危機を逃れたと思ったのに。あの場所で点てられるのが、あと少しかもって思ったら、緊張して……。」
秋の言うことは最もだ。定員割れによる廃部の危機を四月末に脱したばかりなのに、一月後に、またしても定員割れしそうになっているのだから。
「……でも、今日の涼ちゃんは、いつも以上に凛としていて、真っ直ぐ前だけ見てるって、感じだった。」
「嗚呼。」
和仁の脳裏には、昨日、涼が別れ際に見せた照れくさそうな笑顔が浮かんでいた。
「……かっちゃんも、いつもより、力強い点前だったよ。ふたりとも、凄かった。」
「俺も、昨日、涼に背中を押してもらっていなかったら、きっと、秋と同じ気持ちだったと思う。」
ひんやりとして清々しい空気が、ふたりの肺を抜けて行った。
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