四礼目 雨よ上がれ

10/15
前へ
/86ページ
次へ
 もはや鬼教官と生徒にしか見えないが、ねじり鉢巻きを頭に巻いた制服姿の宗也が、一心不乱に教科書とノートへ向かい、その後ろで、剣道用の竹刀を持った辰が、仁王立ちしている。  効果音をもし付けるなら、『ダダン!!』といった感じだろうか。  じっと、漢字と戦っている宗也の背中を見つめ、辰は、(テストの次は、一通り数学ワークの基本問題を教えて、その後、数学のテストをするか……。)と、鬼教官にふさわしいスパルタなことを考えていた。 「よし。十分経った。テストするぞ。宗也なら、絶対に満点が取れる。茶道……やりたいんだろ?」 「オウよ!」  気合は充分。こうして、毎朝一時間、放課後は五時間。宗也は辰の家へと通い、教えてもらっては、テスト。教えてもらっては、テストを繰り返した。  再試験前日。明日の夕方には、全ての決着が着く。やっと、宗也は、最終調整のため、辰が作成した再試験用の模擬試験を受けていた。  最終日の試験監督くらいならと、他の茶道部員達が、宗也を見張ってくれていた。  宗也はズルなどしないと言い張ったが、部員達の心配は、ズルではなく、居眠りだと主張したところ、大人しく受け入れた。中間テスト前の勉強会でも、幾度となく寝落ちしていたので、やむを得ないと、思ったのだろう。 「英会話は、終わった。あとは、現代文だけだ。」  そう言って、模擬試験会場となっている辰の部屋から涼が出てきた。 「じゃあ、僕が試験監督の番だね。」  ゆっくりと立ち上がった秋が、リビングテーブルの席をひとつ、涼へと空けた。  その様子を、オープンキッチンからひとり眺める辰。その辰に、熱い視線を送ってはいるものの、時折、首を捻っては、考え込み、しばらくするとまた、首を捻らせる和仁の姿があった。お互いに視線が合えば、どちらかが逸らす。それの繰り返し。急に元へと戻った環境に、距離感が掴めていないのが、傍から見ていると丸わかりだったため、涼も秋も、宗也でさえも口を挟まずに居たが、とうとう、涼がふたりへと、話を振った。 「綾波。改めて、ありがとな。和仁も御礼言ってたぜ。」 「……嗚呼。俺の方こそ、ありがと。宮瀬のおかげで、茶道部が廃部にならずに済んだって、この前、宗也に聞いた。」 「まあ、困った時は、お互い様だから。」  シンとしたリビングルームに、辰と涼の声だけが響き渡る。和仁は、一瞬、開きかけた口を、再び(つぐ)む。  涼は、視線の先で、和仁を見やったが、当の和仁は、リビングの椅子に座ったまま斜め下を見ていて、動き出す様子はない。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加