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すると、意外にも、辰の方から動きがあった。キッチンからリビングへと出て来た辰は、ゆっくりとした動きで、和仁の対角線上へと歩みを進めた。そのまま顔を上げ、一語一語、噛みしめるようにして話し出す。
「和仁……。ごめんな。せっかく、家にまで通ってくれてたのに。学校、行けなくて。」
辰は、それ以上は近付きがたいのか、和仁の斜め前で立ち止まった。
「それは、仕方ないよ。俺の方こそ、なんの力にもなれなくて……。本当にごめん。」
お互いの謝罪が終わると、再びリビングには沈黙が訪れる。宗也の模擬試験の結果を待つ緊張感とは別の緊張感を醸し出す両サイドのふたりに痺れを切らし、涼はその場を離れた。
残された沈黙の中、辰は、今後のことを考えていた。自分が突然、幽霊部員となったことや理由も告げず、家に来るなと言ってしまった和仁への罪悪感から今回のことを引き受けたが、正直、あの門を潜り抜けるのは、物凄く怖い。それに、幾ら標準クラスへ落ちたからといって、進学クラスの奴らが同じ学校にいることには、何ら変わりはないのだから。
そのせいで、普段の生活でも、進学クラスの奴らに外で鉢合わせるのが嫌で、ほとんど出歩かなくなった自分。その一方で、廃部の危機を乗り越えようと、必死になる皆の姿に、思うところが、全くないわけではなかった。
(俺も、ずっと、引き籠ってはいられない。ひとりは、恐い。でも、みんなとなら……。)
これじゃあ、まるで、宗也の再試験に便乗してるみたいだ。こんなダメ人間みたいなことを考えてるって知られたら、茶道部の皆は、幻滅しないだろうか。辰は、かつての優等生だった自分を恨めしく思った。
何処かから帰ってきた涼は、帰ってきた途端、和仁には内容が見えないよう、辰になにかを手渡した。
「!」
和仁は、涼に渡されたメモのようなものを見て、辰の両肩が一瞬、震えた気がしたが、次の瞬間、真っ直ぐ前を見つめた辰の瞳に、なにも問うことは、出来なかった。
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