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涼の点前が終わった途端、皆が、息を同時に吐いた。宗也の再試験の結果がそろそろ出る時間だ。もし、宗也が一科目でも、五十点を下回ったら、今日、辰には、最後の御茶を点ててもらうことになるのだろう。反対に、もし、宗也が全ての試験をパスしたら、辰は、部活に戻ってきてくれるかもしれない。
何も言わず、スッと立ち上がり、亭主をしていた涼と位置を替わる辰の紫色の袴姿を目にして、秋は思った。あの袴は、辰が一年の時、よく着ていたものだ。
涼は、季節を加味してのことだろう。日本伝統のほんのり薄暗いピンク色である紅梅色の着物に、茶色がかった赤色の袴姿だ。
友を信じよう。いや、信じたい。そう願って、かつて、頻繁に着ていた着物を選んだ辰。
四季を配慮し、あくまでも、自分の大好きな茶道を重んじる涼。
(このふたりの期待を、裏切って欲しくない。……宗ちゃん。お願いします。神様。)
気が付くと、秋は、心臓の前で、力強く両手を握り合わせ、祈っていた。
そんな秋の様子を、正面から辰は見ていた。
宗也の勉強を見るようになってから、ずっと考え続けていた。このメンバーと一緒なら、上手く、楽しくやっていけるかもしれない。そもそも、涼以外の部員は、つらかった時期、自分を支えてくれた茶道部そのものだ。
(何をそんなに、自分は信じることが出来ないのだろう。何に怯えているのだろうか。もう、学校に戻ったところで、標準クラスだ。いくら進学クラスと接触する機会がゼロではないとは言え、学校に出席しないほどの理由にはならない。)
辰はそんな気がしていた。
(……理由が、欲しかったのかもしれない。心から、学校へ行きたいと思える何かが。クラスメイトも、教師も、誰一人として自分の味方ではなかったし、果たそうとしていた目標も、潰えた。それからずっと、何のために学校へ行くのか、自分は、何を目標に生きればいいのか、解らなかった。でも、今は、違う気がする。俺が、思っていた以上に、もっと何かこの場所で、勉強で学年首席を目指すこと以外にも、出来ることがある。)
辰が一人考え込む。
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