一礼目 東京へ

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 転校二日目。この日から、妙に、涼に話しかけてくる奴が現れた。そいつは、同じクラスでもないくせに、涼にばかり話しかけてくる。  初めは、転校生に関心があるタイプの人間なのだろうと、涼は踏んでいた。けれど、どうやら様子がおかしい。朝、休み時間、昼休み、放課後。涼は入学二日目だけでそいつに七回も会った。いや、正確に言おう、そいつは、涼に、七回も会いに来たのだ。  ツンツン頭を、興奮冷めやらぬ様子で上下に揺らし、そいつは繰り返し話しかけてくる。そいつの話を要約すると、こうだ。 「つまりは、俺に、廃部寸前の茶道部に入って欲しいってこと?」 「そう!さっすが、涼!転入試験に受かった奴は理解が速いな!」  出会って早々、人の名前を呼び捨てにする失礼なそいつは、涼の目の前で瞳を輝かせ、うるさいくらい明るい大きな声で『千葉宗也』と名乗った。自分だけ一方的に呼び捨てにされるのは癪なので、名指しで返す。 「宗也。悪いけど、俺、茶道はもう続ける気ないから。」  隣のクラスの宗也は、今、涼の真横で、事の次第を見守っている幼馴染みに、涼が静岡出身で、父親の実家が茶畑農園であることを聞いたらしく、それなら是非と、声をかけてきたようだ。 「もう…?」  余計なところに気が付いて、わざわざ反復してくれた幼馴染み君を軽く睨み、涼は席に着いた。 「とにかく、俺は茶道部に入る気はないから。」  なんとか早急に諦めてもらいたいので、不機嫌さが伝わるように、声を少し大きめにして、涼は、もう一度言った。 「ええぇぇぇーー。なぁなぁ、入ろうよ!」 「煩い。」  身長が百六十センチ強しかない宗也が、自分より十センチ以上背の高い涼に掴まって懇願するその姿は、それなりに滑稽なように思えたが、宗也はお構いなしだ。  なんとか追い払った宗也がかけていった先を見ると、大人しそうな、というかはっきり言うと地味な男子がひとり、宗也のことをドアの前で待っていた。  (ちゃんと、仲間が居るじゃねーか。)  自分が点てた御茶を飲んでくれる誰かが居る。その大切さを痛いほど知っていた涼には、宗也の背中が眩しく見えた。
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