一礼目 東京へ

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「昼休みになったら、二階の左奥の部屋に来てくれ。」と、涼を呼び出した肝心な張本人がまだ来て居ない。 「おい、お前の幼馴染みは?」 「【清水(しみず) 和仁(かずひと)】な!たぶん、【(あき)】を呼びに行ってるんだと思う。」 「秋?」 「そう!秋は俺と同じクラスなんだけど、スゲー茶を点てるのが上手いんだ!たぶん、部内で一番上手いと思う。ってか、オレ!秋が点てる時の音、スゲーかっけぇって思う!」  茶道一本の青春を過ごしてきた涼は、まだ見ぬ部内一の茶人に興味があった。けれど、自分には、もう関係ないと、無理やり思考を絶った。それとは別に、もうひとつ気になっていたことを訊いてみる。 「……ふ~ん。それより、お前、本当に高校生か?」 「ハァ?当ったり前だろ!オレは、これでもレッキとした高二だ!」 (こんな子供染みた奴が、よくやって来られたな……。)  涼は、無事に高校生になることが出来た宗也の運の良さが、少し羨ましく思えた。 「ごめん、ごめん。」  そう口にしながら、小走りでやって来た幼馴染み君は、大柄で恰幅のよい、茶道部というよりは、どう見ても柔道部員や空手部員のようにしか見えない男子を右に引き連れて、やって来た。  体格とは異なり、表情や雰囲気は、弱々しく、大人しい。どこか自分に自信がないようにも見えた。たしか彼は、昨日、宗也の迎えに来ていた奴だ。  健康的な小麦色の肌に、身長も百八十センチは少なくとも超えているだろうその彼は、綺麗な真の御辞儀をしてから、部室へと入室した。部室の中には小さな木造の小屋が在り、その小屋の扉は、正式な茶室の扉である木で作られた縦横六十センチ四方の(にじ)り口であることが見て取れた。公立高校の部室とは、とても思えないそこは、きちんと管理が行き届いていることが、部室内の空気からしても、よくわかる空間だった。  思わず真の御辞儀をすると、「やっぱり、君は茶道経験者だね。」と、得意げに微笑む幼馴染み君が涼をじっと見ていた。  しまったと思ったが、やってしまったものは仕方がない。それに涼は、塵一つ落ちていない木枠を見て、やはり、この空間の管理者を褒め称えたい衝動にかられていた。 「ここの掃除は?」 「当番制で、昨日の当番は、宗也だよ。」  涼の気持ちに感づいたのか、やはり、口元にほんの少し笑みを携えて答えてくれた幼馴染み君に、苛立ちを覚える。宗也よりもコイツの方が、本質的には馬が合わない。涼はそんな気がした。 「入部、してほしい……。」  つい一秒前までは、その体格の良さとは裏腹に、ほぼ空気だった人間が、突然話出したので、涼は驚いて少し体勢を崩した。 「あっ、ごめんね……。」 「いやっ、いいけど」  佇まいがあまりに静かで、ある意味この三人の中では、彼が一番、涼が関わってきた茶道部の人間に近いかもしれない。 「なぁ、やろ?茶道。」  間髪入れずに、宗也からも懇願される。御茶室だということを踏まえて、小声にしたつもりなのだろうが、何度、懇願されたって、涼の決意はこの程度では残念ながら、揺るぎそうになかった。 「俺には、もう誰かと茶道をやる資格がないんだ。やりたくなったら、一人でやるから、頼むから放っておいてくれ。」  涼はろくに話もしないまま、三人を置いて、部室を出た。  出る時は、御辞儀をすることが出来なかった。
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