七礼目 文化祭

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 二日目、午後の部終了まで、あと三十分。涼は考えた。 (このタイミングでトラブルを起こせば、間違いなく、俺達は負けるだろう。もし、俺の説得に、ふたりが素直に応じてくれたなら、もう二組は気合で御茶席を設けられるかもしれない。)  震える手から、必死で目線を上げようと、一度、深く、深呼吸する。  すると、突然、手の甲に、自分以外の体温を感じた。ずっしりと重なった重みと共に。  驚きと恐怖を跳ねのけ、ゆっくりと開いた瞼の先には、涼の手の上に、四本の手が重なっている。 『涼が心を開けば、きっと、皆も心を開いてくれるよ!』 『どんなことも、願えば叶うよ!』  心の中で、遠弥の言葉がこだまする。 (宗也や秋が、手を重ねてくれているというのに、不謹慎だな。)  涼がそう思ったのも、束の間だった。 「ン。お前の気持ちは、解った。」 「ンクッ。……涼ちゃん、僕も、かっとなっちゃって、ごめんね。」  無理やり口に放り込まれた最中のカスを、口の周りに付着させたまま、そんなことには目もくれず、真っ直ぐに自分の目を射抜くふたりの瞳に、あと二回、なんとしてでも御茶席を回そうと、涼は、着物の襟を正した。 「はぁー…………。」  深く息を吐く。 (天道さんの狙いは、おそらく、俺達の仲違いだ。失礼な客を前に何らかのトラブルが起これば、集客数一位は厳しくなる。そうなれば、当然、俺をこの部から引き抜きやすくなる。一体、どんな手を使って、俺がこの学校に転校したことを突き止めたのかは知らないが、たとえ、かつての師でも、俺は、いや、俺達は、俺達の茶道部を守り抜いてみせる。天道さん……。貴方が失ったモノを、俺は、必ず、失いはしません。見ていてください。残り三十分。本気の俺を、貴方に見せてあげます。)  ラスト三十分。この日、茶道体験に足を運んだ人間は皆、口を揃えてこう言った。 『宮瀬涼は、天才だ。』と。
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