七礼目 文化祭

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 無事、文化祭終了の鐘が鳴り、部室の外へと出てみると、つい先程まであった天道さんの姿はなく、探しに出たのだろう。秋と宗也の姿もそこには見当たらなかった。  文化祭が終了したのは、ほんの数分前だというのに、廊下に誰の姿も見当たらないからだろうか。涼は、途端に、この場所一帯が取り残されたような喪失感を覚えた。  行く当てもなく歩き出す。呆然と廊下を直進していると、一つ曲がった角の先から、男性の話し声が聞こえてきた。 「……どうだったかな?あの子達の茶道は。」 「……周りの子が、陳腐過ぎます。あれではまるで、涼が飾り物だ。才能が偏り過ぎている。即刻、彼を私のもとへ返してください。太刀内先生。」 (今、なんて……。)    声の主は、向かい合って会話をしている。奥に居るのが、茶道部顧問の太刀内先生。そして、柱ひとつ隔てて、涼に背を向けて立っているのは、その和装姿から察しては居たが、やはり、天道さんだ。 (ふたりは、知り合いだったのか?) 「君の言う宮瀬君の才能は、たしかに、本物じゃ。」    自分を褒める太刀内先生と、涼は柱越しに目が合った。慌てて逸らそうとしたが、優しく微笑まれ、思わず、もう一度視線を合わせる。その微笑みで、『安心して良い』そう言われているような気がした。 「でも君は、彼と違って本物ではない。何故だか、解るかね?」  太刀内先生の背中に、窓ガラス越しの夕日が当たり、後光が射している。 「貴方も年を取りましたね。今や私は、茶道界の貴公子ですよ。それに、もし私が本物でなかったら、師匠である他ならぬ貴方までもが、偽物ということになってしまいますよ?太刀内先生。」 「嗚呼……。わしは君に、一番大切なものを教え、与えることが出来なかった。それが、わしの人生において、最大の不覚やも知れぬ。そのせいで、あの子達にまで、迷惑をかけることになろうとは……。本当に、悔やんでも、悔やみきれんよ。」  悲しげな声が、天道さんと柱を通過し、涼へと届く。 (あの子達というのは、紛れもなく、俺達のことだろう。太刀内先生は、生徒会長の家族の一件も、知っているのか?) 「貴方が、私に教えられなかったこと?嗚呼、マスコミへの対応ですか。」  太刀内先生を嘲笑っているのが、背中を見ているだけなのに、伝わってくる。 (天道さんはやはり、気付いていない。自分が失ったモノが一体、何なのかを。)  涼は、太刀内先生と天道さんのやり取りに夢中で、背後からの足音に気が付くのが一歩遅れてしまった。気が付いた時には、涼の横を勢いよく駆け抜けた足音の主は、既に、天道さんへと再び、食ってかかっていた。
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