七礼目 文化祭

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 心配そうな和仁の声が、つむじに向かって下りて来る。 「涼、事情は全部。太刀内先生に聞いた。」 「へっ?」  間の抜けた声と共に、涼は勢いよく上体を起こした。 「お前、なんか勘違いしてんだろ。オレ、別に、点前が出来なくて拗ねてたわけじゃねぇからな!」 「いや、宗也はそっちもあっただろ。絶対。」 「葉ちゃんだけじゃなく、涼ちゃんまでも泣かした。……僕、おじさんのこと、絶対に許さないよ。」  正面に立つ和仁から順に、時計回りで、いつものやかましくて元気いっぱいの宗也、宗也を笑顔で揶揄(からか)う辰、真剣な眼差しでむくれている秋と並んでいる。 「君は、なんでも、ひとりで抱え込み過ぎなんじゃ。綾波くんの復学の時も、いじめの主犯格を見つけ出し、いつか必ず、綾波くんに直接謝罪させるようにと、理事長に、誓約書を書かせたんだそうじゃな?理事長が、『実に勇敢な若者じゃ。』と、褒めておったわ。」 「っ。なんで知ってるんですか。そのこと。俺、辰にしか言ってないのに。」  突然の暴露に、背中に冷汗が流れる。 (やばい。絶対、食いつかれる!) 「嗚呼~!もしかして、あの時のメモ!!」  しかも、一番知られたくなかった相手に、ニコニコ笑顔で驚かれた。 「うっ、煩い。」  いじってやろうというドSな笑顔が、至近距離へと詰め寄って来る。 「俺は、あのメモの一番下に書かれてた『和装姿で最後に誓約書だけ受け取りに来ること』ってのを見て、あの日、部室に行ったんだよ。理事長に急かされてさ。」  続く辰の暴露により、宗也の追試験の日の演出までもが、公開される。これでは最早、公開処刑と言っても過言ではない。 「うっ。もう、頼むから、やめてくれ!!」 (なんでこいつら、茶道やってる癖に、慎ましさの持ち合わせがないんだよ!)  恥ずかしさで、消えてしまいたい。涼は羞恥心が限界を超し、思わずその場にしゃがみ込んだ。 「涼ちゃん、格好いい!!」 「スゲー!!俺なんか、ぶっちゃけ今日の点前のことで、チョット腹立ててたのに。」 「いや、結局、立ててたのかよ!!」  涼の真似をして秋や宗也まで屈んできたので、慌てて立ち上がり、涼は、柄にもなく、廊下を袴姿で駆け出した。  ふと、振り返ると、五人全員が袴姿で廊下を疾走している。 「集客数一位だよぉおおお~!!!」  一番後ろを走る和仁が大きな声で叫んだ。 「それを先に言えぇええ~~!!!」  気が付くと、涼までも、腹の底から声を出して叫んでいた。全員、急に頭のねじが外れたみたいに袴姿で、校内を全力で駆け抜ける。何故走っているのか。その答えは、誰も決して持ってはいない。でも、それでいい。 (俺達が、真行高校茶道部部員で、あの小さな小屋で、あの御茶室で、御茶を点てられれば、それでいい。俺には、こうして一緒に、青春を走ってくれる仲間が居る。それだけで、凛として、胸を張っていることが出来る。)  確信めいたものが、秋風靡く夕空を横目に、涼の心にスッと沁みる。 (茶道には、勝敗はない。あるとすれば、己との戦い。それだけだ。仲間を信じ、心から大好きなモノを、前を向いて、大好きと胸を張れる自分で居よう。凛として。)  柔らかく、夕陽を味方に付けた涼の笑顔は、友のぬくもりを映していた。                                     『凛として()』【完】
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