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会議がアメフラシの放流の許可という異様な終わり方をしてから数日がたった。
今、国民は国の不気味な変容に不気味がっている。それもそのはず、急に街の至る所にナメクジみたいな変な生物が大量に放置されたからだ。
「…気持ち悪いよな」
「…うん、けどこれスプリング博士が考えた政策なんだよね」
「にわかには信じ難いが…そうらしいな、本人も公言してるし」
この博士以外の視点から見るとまるで訳が分からない政策は瞬く間に隣国を中心として話題となり、「急な発展を迎えた国の末路」として画面越しに人々の冷笑を買うこととなった。国民も最初は混乱を極め、至る所で怒号が響き渡ったが、暫くたつとようやく冷静さを保ち始めた。保った振りをしているのに過ぎないのだが。
「これなにー」
「えらいひとがたくさんおいたんだってー」
子供すらこの光景に興味を引き出している。インパクトだけなら大成功と言えよう。
なにより多くの人に反響があったのはスプリング博士だった。テレビにも出ていて様々な論文や、本を出版してきた誰もが知っているような優秀な人物が考案したとは思えないこの政策に誰もが驚いた。「調子に乗って国を壊す気か」「正気の沙汰ではない」当たり前のようにそんな罵声が彼に降りかかったが彼はものももしない様子で、静かに雨を待っていた。
もう、この国は終わった。スプリング博士すらおかしくしたこの国に未来などない、国民が何度目かも分からない他国の移住の準備を始めた時、突然それは起こったのだ。
ポツ…ポツ…
「おいあれ雨じゃねぇか?!」
少しづつではあるが確かに雨が降っている。手を開けば掌に水滴が一つ二つと落ちていく。
「雨だ…雨だ!!」
国民は一斉に外に出て雨を浴びた。天気もそれに応じるかのように雨の強さを増していく。
窪みには水たまりが出来て小さい子供がそれを思い切り踏みつける。女性が雨をグラスに入れ、揺らして見る。各々が随分久しぶりの雨を思い思いに楽しんだ。
「やっぱりスプリング博士は間違ってなかった!彼こそ真の英雄だ!!」
スプリング博士の評価は少し前とは一変、再び好感度が上昇し、世界一偉大なものとして早くも崇めるものまで現れた。スプリング博士も全てを見透かしていたかのように彼らの賞賛の声を微笑みながら浴びた。
「私は国の危険な状態に警鐘を鳴らしただけ、この雨は私の意見を受け入れてくれた議会の皆様のお陰ですよ」
余裕を持った笑みでこう語る博士、その謙虚な姿勢は尚更スプリング博士人気を爆発させた。
しかしスプリング博士以上に国民の目に止まったものがある。そう、アメフラシだ。当初は突然街に大量発生させられた気持ち悪い大きめの生物として国民から忌み嫌われ、一部のマニア以外はアメフラシに触ろうともしなかった。さらにアメフラシを殺すことは許されなかったため、アメフラシは繁殖を続けその数は増えるばかり、これも国民を悩ませた。
しかしそんな不人気も一変アメフラシは殆どに「国の象徴」として愛されることとなり、国民はアメフラシを神様として家に置いたり、歩道を歩くアメフラシに前とは逆に積極的に触るようになった。アメフラシは商業者の目にも止まり色んな店でデフォルメ化されたアメフラシが店頭に飾られ、アメフラシを題材とした楽曲、小説、ノンフィクションドキュメンタリーが作られた。その結果アメフラシは商業の神としても崇められることとなった。
一方アメフラシを嫌う人間が今度は奇妙な目で見られ、「時代に乗り遅れている」として嘲笑された。ネットではそんな人々の狂気的とも言えるようなアメフラシへの崇拝を「アメフラシ教の信者」と半分皮肉も込めたあだ名で呼ぶようになった。
アメフラシは確かに限界の国に雨をもたらし、国を救った神様として人間を超えた生物と誇張抜きで国民に讃えられることとなったのだった。
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