幸せは繋がっていく

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幸せは繋がっていく

 その後、裁判の内容が公開され、サンブラントは筋の通った素晴らしい王子だと絶賛された。思えば今迄怒ろうが怒鳴ろうがそこには明確な理由があったと再認識され、怖がらずに接する者が増え、彼に認めて貰おうと仕事の質も明らかに向上し王政は活気づいた。そしてサンブラントの考えに同調する者が増え、この先能力を持っているだけでは駄目だと気付いた者達が積極的に学び始めた。王宮で働く者はそもそも優秀な者が多かったせいか、その動きは目を見張るほど早く、城の外までもあっという間に広まった。一方で能力を活かすことにも注目が集まり、研究する者も増え始めた。それが実を結ぶのはずっと後の事。  一方、サンブラントはそうなると怒鳴ることも怒ることもできない。それはそれで良いんだけれども。 「やり辛い」  激変した周囲の視線に疲れ果て、本音を漏らした彼を見て三人は笑う。 「良かったじゃないか。ただの暴君じゃいざという時に困るぞ」 「そうよ。やっぱり国民には慕われないと」 「サンブラント殿下の本当の部分が皆さんに認められたんだから喜ばしい事ですよ」  と、両親と恋人は笑った。  そしてレンデストも認めた相手には穏やかで優しい人という事が徐々にばれ、カスミラを妻として大切にしている事も社交界に顔を出すようになってからは注目されてしまい、酷い親から彼女を救い出した素晴らしい男と勝手に噂が広まってしまった。 「凄い嫌」  何故か女性の支持が上がってしまったレンデストはうんざりと呟く。どういう訳か、カスミラとの馴れ初めが女子の心を掴んでしまったらしい。直接アプローチしてくることは勿論無いけれど、自分を見て楽しそうにしている令嬢が増えてしまった。気持ち悪い。そんな本音を漏らした彼を見て二人は笑う。 「良かったじゃないのー。ずっと無愛想な怖い夫じゃカスミラちゃんが可哀想よー」 「そうそう。色々解決したんだし、気にせずにいちゃいちゃすれば良いんだ」 「…」  カスミラはその言葉に真っ赤になっている。そのカスミラを見て気が付いた。 「そう言えば、こそこそ俺の事を先生って呼んでる人がいるみたいなんだけど」 「別にいいじゃないの。先生」 「どうせ今後の役職によっちゃ、そう呼ばれるようになるんだろ?」 「うーん…」  別に便宜上そう呼ばれるのは構わない。仕事相手とかなら。けれど誰だか知らない令嬢が声をかけてくる訳でもないのに自分をそう呼ぶのはどうなんだ? どう考えてもからかわれているとしか思えない。 「あの…すいません。先生…あの…すいません」  謝罪中にうっかり先生と言ってしまい、気まずそうに二回謝罪してカスミラは肩を竦めた。それを見て母親がこんな事を言う。 「対外的にはちゃんと殿下って呼んでいたのにね。どこからばれたのかしら」 「女の子の情報網は凄いって言うしなー。それに、どうせ今更取り消せないだろ?」  まぁ、そうだ。それに考えてみれば教師時代の生徒もどこかに紛れ込んでいるのかもしれない。カスミラは外に出る時は本当に気を付けていたし、自分もそう呼ばれた覚えがない。だからきっとカスミラのせいではないんだろう。 「本当に嫌ならこれを機に呼び方変えればいいじゃない。あなた、とか」 「レンデストって呼び捨てにしたって良いんだぞ」  別に構わないけれど絶対無理でしょ…。そう思いながらも無言だったレンデストを見て、カスミラはこんな事を言う。 「じゃあ…」  そう言いかけたけど、俯いて口を噤んだ。何を言うつもりかは分からないけれど言い辛そうだ。そもそも自分だって指摘したことがあるのに変わらなかったんだから今更変わる筈が。 「お父さん」 「…」 「…」 「…」  しん…。と、その場が静まり返った。何だって? そう思ってカスミラを見たら、彼女の視線も自分に戻ってきた。そしてカスミラは幸せそうに笑ってもう一度言った。 「お父さん。は、どうですか?」  そしてお腹を触る。その意味すること。 「え? カスミラ?」 「え? …えー!? おめでた!? 嘘! いつの間に!?」 「こここここ!? ここ子どもができたのか!? 孫!? 孫!?」 「はい」  と、カスミラははっきりと頷く。そして嬉しそうにお腹を撫でた。 「何か月なの!? お医者さんは!?」 「三か月になったばかりだそうです。…あの…実は…」  カスミラは側に控えていたロメリアを見た。ロメリアも満面の笑みで頷いている。 「ちょっと微熱が続いて…お薬飲もうとしたらロメリアさんが止めて下さって…それでもしかしたらってお医者様をこっそり呼んで下さって…二人で驚かそうって…隠していてすいません」 「いつ分かったんだ!?」 「はっきりしたのはつい昨日なんです。なので、どうやってご報告しようか迷っていたんですが…」 「わー!!」 「すごーい!!」  万歳をする二人と拍手をしているロメリア。その前で不覚にも驚き過ぎて何の言葉も出てこない。 「先生?」  その声にカスミラを見ると、カスミラは困った様に笑って言った。 「お父さんは、あの…気が早いですよね。まだ先生って呼んで良いですか?」 「…うん」 「驚きましたか?」 「…」  うん。と、頷く。子どもか。カスミラとの。何だか変な気分。でも、想像もしなかった程。 「あの…先生…」 「嬉しいよ」 「…」 「凄く嬉しい。何だか変な気分だけど」  そう言ったらカスミラの目から涙が零れ落ちた。不安とか、そういう事ではなかったんだろう。それがよく分かる。大好きな人の子どもを身籠った事を大好きな人が喜んでくれている。それがただ嬉しかった。 「本当に、子どもができなければ、先生の呼び方、変えられませんでした」 「そうだね」  泣きながら笑って、途切れ途切れにそんな事を言うカスミラを見て、生徒にするように頭を撫でた。あの二年間の上に今日を迎えられた。辛い事も思い出すけれど、それを二人で乗り越えられて本当に良かった。 「女の子か? 男の子かな」 「まだ分からないわよ」  にこにこと両親は話をしている。確かにどっちだろう。と、二人もカスミラのお腹を見た。まだぺったんこだ。 「どっちでもいいけれど女の子ならカスミラちゃんに似た可愛い子で、男の子ならカスミラちゃんみたいな優しい子が良いよな」 「それは同感だわ」 「そうなったら俺、ひいては父さんと母さんの遺伝子はどこへ行くのさ」 「逆に聞くけど、お前の中の俺達の遺伝子はどこへ行ったんだ」 「そうだそうだー」 「…」  誰のせいでこうなったと…。と言いかけて止めた。こんな事で長い言い争いをしたくない。 「カスミラちゃん。ベビー服とか見に行きましょうよー。小さいのよー。可愛いわよー」 「まだ性別分からないって言っただろ?」 「分からなくたって見るの楽しいわよ。色んな物を沢山見るには時間が必要なんだからー」  確かに。と、黙った父親と浮かれている母親にレンデストが言う。 「どうでもいいけど絶対に無理させないでよ」 「そんな事分かってますー」 「ますー」 「ロメリア」  完全に調子に乗っている二人を睨んでレンデストは呟く。 「は? はい?」  急に低い声で呼ばれてロメリアは肩を震わせた。 「この人達が羽目外さないかちゃんと見ておいて。外しそうだったら逆らっていいから」 「ちょっとー」 「侮辱ー」  ぶーぶー。と不満を漏らす親に向かってレンデストは言う。 「カスミラに無理はさせないんでしょ?」 「当然」 「ロメリアにも可愛いもの見せて上げたいでしょ?」 「勿論」 「だったら一緒に行って普通に楽しんでくればいいじゃない。二人が無理を言わなければ何も起こらないんだから」 「そうか」 「そうね」  すん。と、大人しく納得をした二人を見て、本当にこの人達の遺伝子は自分のどこに生きているのかと思う。けれど、まぁ、嫌ではない。どこかにこんな素直な遺伝子があるとすれば、子どももきっと可愛いだろう。 「先生。過保護ですね」  と、カスミラが嬉しそうに笑う。 「あー。確かに」 「自分の子どもにはキャラが変わるタイプよ。あの子」 「大人を怖がらせていた癖に」 「いやーねぇー」  ひそひそと聞こえるように内緒話をする両親にイラっとした。 「カスミラ。やっぱり俺と買い物に行こう。こんな事で親の手を煩わせたらいけないよね」  もう自由に外に出られる。旅行もしたし、普通のデートも何回もした。だから子供服も自由に見に行けるし、ここで我慢する必要も無い訳で。 「あ! 狡い!!」 「酷い!!」 「どこに行きたい? いつ行く?」  喚く親を無視してレンデストは笑った。
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