気持ちよりももっと原始的な何か

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気持ちよりももっと原始的な何か

 やがてサンブラントに、恋愛的な意味でいい人ができた。…ようだ。珍しくはっきりと言わないけれど、多分そうだと思う。意外な様な、そうでもないような。  カスミラの事を恋愛的に見ているかどうかは分からなかった。自分の事も分からないのだから。けれど、あの事を知った時の感情を持て余している。自分は一体、どういうつもりなんだろう。 「ガーベラって言うんだけど、平民だって。能力は学年トップだって言っていたけれど」  照れもせずガーベラの事を口にするサンブラントに、レンデストは本気で疑問を覚えた。こいつに恋愛感情はあるんだろうか。どういうつもりで自分に紹介してくるんだろう。  けれどやがて、何となく理解した。その後のある日、サンブラントはこう言った。 「そういえばこの前、ガーベラとカスミラを会わせたんだけど」  ぶ。と、飲んでいた液体を吐き出しそうになる。何をやっているんだと思った。そしてタイミングを見てくれ。とも。多分、他愛もない話をしているつもりなんだろうが、こっちはそういう免疫がない。 「ガーベラが言ってたぞ。カスミラの事、俺と同じ『いい人』って」  自慢げにそう言ったサンブラントの心境を読み取る事ができなかった。ガーベラの価値観が一緒だった事が嬉しいのか、ガーベラがそう思った事が嬉しいのか、自分の感覚を肯定されて嬉しいのか。  それにしても、サンブラントからガーベラを紹介されたカスミラの心境はどんなものなんだろう。カスミラはサンブラントを。  そこで、不思議と今まで思ってもいなかったことを考えた。カスミラはサンブラントをどう思っているんだろう。とても仲は良さそうだ。不器用なサンブラントの優しさに、カスミラはちゃんと気付いている。その安心が笑顔に表れている。男の自分から見ても彼は魅力的だ。そういう彼に彼女は惹かれないんだろうか。それに彼も。 「…お前、カスミラの事どう思っているんだ?」  どうしても分からなくて聞いてみた。彼にそういう質問をすることに抵抗はない。それは彼が心を開いてくれているからに他ならない。そういう彼を、自分はカスミラと同じ様にいい子だと思う。 「カスミラ? どうって? いい子だって言ってんじゃん」 「そうじゃなくて、その、女として」 「女として?」  …うーん。と、サンブラントは難しい顔をして唸る。 「女かー…。うーん。何だろう。向こうにその気があれば想像もできるけど、そうじゃないから想像できない…」 「…? 難しいことを言うな。珍しく」 「俺、あいつの事は好きだよ。ずっと側にいても嫌じゃない。居心地がいい。だから、そうする事はできる。下手したら結婚も…できちゃうんじゃないかな。うん。できるな」 「…」  その言葉に愕然とした。自分が何を言っているのか分かっているのか。それは間違いなく恋愛感情だろう。そう思ったけれど。 「でも、あいつに他に好きな男ができて、そいつと一緒になるのなら祝福する。そうじゃなきゃ全力で阻止する。俺は好きとかいう感情よりも、あいつに幸せになって欲しいっていう気持ちが一番大きい。だから、あいつが幸せになれる場所が俺なら受け入れる。そうじゃなければ送り出す」 「…」  それを言われた時、自分の感情と決定的に違う事を理解した。あの時、閉じ込めてでも側に置いておきたいと思った狂気にも似た気持ち。カスミラの幸せよりも自分の気持ちが勝った。という事は。  自分はカスミラが好きなんだ。と、この時にはっきりと自覚した。  それでも、それを外に出すことはなかった。サンブラントにさえ晒さなかった。晒すのが怖かった。自分が何をしてしまうか分からなくて。それに、サンブラントの言葉に気付きを得たからでもある。せめて彼女の幸せを願う事が、自分の愛情を抑え込んでくれると知ったから。  そんな風に日常は過ぎた。彼女と過ごす時間は穏やかで、相変わらず心地いい。有限の生活を恨めしく思う。ずっとこんな日が続けばいいのに。  そう願っても願っても時は止まらない。だから準備を始めた。色々と考えたけれど、学校の中が一番安全だと思う。どこに行っても好奇の目に晒されてしまうなら、次は安全を第一に考えよう。だとすれば規律で守られていて自由に力を使う事を許されていない学校が一番望ましい。教師という抑制力もあるし、今まで一緒に積み上げた知識の蓄積もある。講師という立場も無理じゃない。実技には関われないかもしれないけれど、座学で仕事を確保できれば生活はしていけるだろう。となれば、次は周囲を納得させる為の材料を用意しなければ。そう思っていた時に、全くそんな意図は気付いていないであろうサンブラントが思い付きの様な口調でこう言った。 「卒業試験なんだけど、カスミラどうするのか聞いてる?」 「…え? ああ、そうか。いや…」  そうか。と、迂闊にも言われて気付いたことにレンデストは顔を顰めた。まずはそれをきっちりクリアしないと卒業後の話どころじゃない。カスミラは個別の試験なんて受けられない。かといって四種はもっと危険だ。自分の時みたいにただ歩いて試験をクリアできれば一番良いけれど、それは運任せの話。カスミラにそれをさせる訳にはいかない。だとすれば、どうしよう。その顔を見ながらサンブラントがこんな事を言う。 「じゃあ、ガーベラとペア組んで四種受けさせるのどう?」 「…四種?」 「それしか方法がないだろ。ペア組める試験は四種しかないし」 「…でも…」  ガーベラが何て言うか。彼女は個別に試験を受ければ火と風に関してはトップ通過するだろう。それに四種を受けるなら自分の欠けている部分をフォローしてくれる者じゃないとペアを組む意味がない。 「ってガーベラに言ったら是非に! って言ってたぞ」 「もう確認したのかよ」 「確認した。こんな事うじうじ悩んでいても仕方がないだろ」 「…」  もう少し、こう、何て言うか、少しは相手の状況とか心境を読んでは貰えないだろうか。対極にいるレンデストはそんな事を思う。 「是非にって、カスミラと組むってこと?」 「うん」 「…ガーベラ、遠慮しているんじゃないの?」  王子であるサンブラントの申し出だとすれば断れなかろうに。それでなくても、多分彼女はサンブラントに恋愛的な意味での好意があるのだから。そう思って探るような視線を向けたら、そんな事には気付かない様子でサンブラントは言う。 「いや? そもそも話振ってきたのガーベラだから。カスミラ様どうされるんでしょう。って言われたからどうするんだろうな。お前組んでやれば? って言ったら是非に! って」 「は? 本当に?」 「本当」 「…???」  何でだろう。と、レンデストはその裏の意味を考え始める。ガーベラに不信感はない。けれどいくら何でもおかしい。その疑惑の眼差しに珍しく気付いた様子のサンブラントが言った。 「あ、知らないか。ガーベラ、カスミラから色々教わっているって言ってたぞ」 「教わってる?」 「ああ、マナーとか貴族社会の事とか?」 「…」  何でそんな事を。と、思ったが、マナーは知っておいて損はない。ガーベラの実力があれば、追々そういう人間に関わる可能性は十分にある。それを踏まえているのか。それとも、もしかしたらサンブラントとの将来の為? そんな事を考えたレンデストにサンブラントは言う。 「ここ、貴族も平民もごった煮じゃん? カスミラもカスミラで大変な立ち位置だけど、能力があるのに平民のガーベラも色々言われるらしいんだよね。まぁ、僻みなんだろうけど」 「ああ、そういう事…」  身の振る舞いで陰口でも叩かれたのかもしれない。それをカスミラが助けたようだ。その助言を素直に聞き入れたらしいガーベラの事を、レンデストは少しだけ見直した。カスミラだけを思っての事じゃない。まだ学生という立場の二人を考えると、お互いに歩み寄るのは大変な事だ。  ほんの二年前まで学生だった自分は、そういう状況に直面したことがない。けれどきっと同じ様な事はあったんだろう。生徒としても教師としても、たった一人を知らなければ、そういう世界が存在する事すら知らなかった。 「あと勉強とか」 「勉強?」 「ああ。全種類の力に理解がある奴なんて珍しいし、カスミラはここで仕事までしてるから最早教師並に詳しいし」  一般教養以外の授業は選択制だ。常に四種類の力の授業が開かれていて、生徒は自分で選択して単位を取っていく。ガーベラの様に二種類の力を持っている人間は同学年にもいなくはないけれど、両方とも単位を取ろうという強い力を持っている人間は珍しい。しかしその分受ける授業は多くなり、当然の如くテストも倍になる。受講の計画だけ考えても二種類の単位を取りやすいように作られている訳ではないので大変なのはよく分かる。  因みに、カスミラは全ての力の単位を取ってきていた。本人も入学当時どうすればいいのか戸惑っていたようだけど、迷うよりは全部やってしまおうと腹を括ったらしい。実技はそれぞれに都度練習はするが、成績として残るものは卒業試験の結果だけなので、現時点で考えればカスミラはぶっちぎりの首席だ。本人含め、ここにいる二人とガーベラ以外誰もそんな事は思っていない様だけど。 「おまけに一般教養の成績もいいじゃん? ガーベラ、分からないことがあると泣きついているみたいだぞ。それを優しく教えてくれるもんだから何て言うか…」  そこまで言ってサンブラントは宙を見た。そして、閃いたかのようにこんな事を言う。 「もう犬みたい…っていうか、カスミラの事が好きで仕方がないみたい」 「…」  ああ、そう。と、それであっさり納得した。つまりガーベラも自分達と同じ穴の狢。それだけの事らしい。  それにしてもサンブラントの話には収穫があった。そうか。カスミラに技術を底上げして貰えば、ガーベラにとってもカスミラにとってもペアを組む理由に無理がない。二人共にメリットがある。そう思って自分からもガーベラに確認をした。レンデストのお墨付きでカスミラに指導してもらえると知って、ガーベラは子供の様に何度も飛び跳ねた。成程、犬だな。と更に納得した。  全く違う筈の三人がカスミラに引き寄せられる。親愛、友愛、愛情を持って。カスミラの寝顔を見ながら、そんな事を考えた。魂が惹かれた様な、遺伝子が反応した様な、そんな感覚を思い出す。気持ちよりももっと原始的な何か。生き物が強い子孫を残す為のプログラムの様な。  そうだとすれば多分、自分とカスミラは遺伝子レベルで相性がいい。自分がこんなに惹きつけられるのだから。だったら上手く根付いて欲しい。どうか。  そして同時に思う。そう仮定するとカスミラの体質は、もしかしたら劣性遺伝の産物なのかもしれない。と。血液型や染色体を組み合わせて両親の細胞を持って生まれる子供。もしもこの人だと反応した相手なら、遺伝子の強いところを組み合わせ、弱いところを補い合い、そんな風に子供が作られるのかもしれない。でも、もしも政略結婚の様に相性なんて無視をして子供を作ったら? 弱い部分が共通している大人の子供は更に弱くなってしまう。  机上の空論だ。と、考えるのを止めた。ただ、もしもそうだとしたら。もしもそうだと立証されてしまったら。  本人達にも異論はあるだろう。仕方のなかった経緯もあるだろう。けれど勝手に生み落として無関心ともいえる非情な子育てをしたカスミラの両親を、自分は絶対に許せないと思った。
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