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四種の卒業試験1
「カスミラ様! おはようございます。本日は宜しくお願いします!」
翌日、学校に行くとガーベラが笑顔で近寄ってきた。ずっと水の力の練習をしていたせいで、試験が延長になった後、一度もガーベラには会っていない。カスミラはまず試験の日程が変更になってしまった事を詫びた。
「ガーベラ。ごめんなさい。試験の日程が突然変更になってしまって」
「全然大丈夫です! 私もその分練習できましたので!」
明るいガーベラの声にほっとする。そして、まずは試験前の自由時間になっている今の内に二人で確認すべきことを話し合った。まずは持ち物。時計、上着、タオル、飲み水、軽食は学校が用意してくれたもの。これ以外のものは持込み禁止。次に環境とルートの確認。これは全てカスミラに一任していたガーベラは、気温の変化が激しい場所という事くらいしか知らない。その彼女にカスミラは簡単に概要を説明した。
「コースは三種類の地帯で構成されているの。高温多湿地帯と砂漠地帯と乾燥地帯。スタートしてすぐはかなり湿気が多くてじめじめした気温の中を歩くから熱中症に気を付けて。まめに汗を拭いて、水分を取る事。ここはそれだけ気を付けていれば大丈夫。できるだけ日陰にもいくようにしてね。次の砂漠地帯は乾燥しているから喉に気を付けて。危険な所は立ち入り禁止の札が立っているけど足場がかなり不安定だから、足を取られたり石で怪我をしたりしないように注意して進みましょう。目印にするものも当たりを付けているし、ここはそんなに長距離じゃないから心配しないで。ただ…」
もしかしたら。と、言いかけた言葉を飲み込んだ。こんなに必死に準備はしたけれど、蠍に出会う可能性はかなり低い。出なければ良いな。と思うし、多分出ないだろう。とも思っている。そんな事をガーベラに伝えて心配させる必要があるのか。
「カスミラ様?」
集中して話を聞いていたガーベラは、声の止まったカスミラに気付いて顔を上げた。目が合って、一瞬選択肢の間で揺れ動いたけど。
…やめておこう。
「ごめんなさい。何でもない。最後に乾燥地帯。ここはかなり寒いの。砂漠との切れ目で劇的に気温が下がる。五メートル進むだけで数度温度が違う事もあるの。ただ、この時期で午後だと砂漠にいる間から気温が下がってくるかもしれないから、そこは様子を見てになるけれど。そこまでに汗をかいているでしょうから寒くなり始めたらすぐに防寒の準備を始めましょう」
「はい」
素直に頷いてくれたガーベラを見ながら思う。ここまで辿り着けば蠍は出ない。どうにかここまで。
「それで、これが歩くルートなんだけど」
そう言って赤い線を引いた地図を見てガーベラは目を丸くした。その地図の中央には大きな一本道が記されている。全長十五キロちょっと。普通に歩いて四時間弱の距離。そして、普通なら通るべき道だ。最短距離で一番安全な筈の道。多分、今までの生徒もこの道以外の選択をしていないだろう。
けれどカスミラの引いた赤い線はそれを大きく外れていた。リメート地区を表した地図のギリギリの部分を走っている。高温多湿地域は森林の隣に位置した黒い部分に線が引かれている。ここは道なんだろうか。砂漠には道すらないけれど、さっきカスミラが言っていた事で納得した。目印にするものも当たりを付けている。つまりカスミラは、あえて道なき道を行くつもりなのだ。
「…ガーベラ?」
黙ってしまったガーベラに、カスミラは心配そうに声をかける。地図だけ見れば距離はかなり伸びる。道も無く分かり辛い。
「あの、このルート選んだのには理由があってね。かなり長距離になっちゃうけど…」
「いえ、大丈夫です」
と、顔を上げてガーベラは言った。その顔には笑みも浮かんでいる。
「伝える必要のある事なら仰って下さい。でも、それ以外は説明して下さらなくて大丈夫です。カスミラ様を信じているので」
「…」
「何もお手伝いせずに、全てお任せしてしまってすいませんでした。カスミラ様がこの道を選ばれる為にどれだけ時間をかけたのか思うと感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいです」
そう言われて、ガーベラが心底自分を信頼してくれていると気付く。こんな事、今までの人生には無かった。嬉しい。
「でも、この道だと大分長くなりますね」
「あ…うん。十八キロくらいになるの」
「だとすれば時速五キロ弱…少し早歩き位で行きましょう」
「うん。ペースを乱したくないから常に早歩きで」
二人は顔を見合わせて笑った。
そして二人を乗せた馬車はスタート地点に向けて出発した。それを研究室の窓から見送る。心配で仕方がない。けれどできる事は全てやった。自分も。
レンデストは一通の手紙を持ち上げる。どうか、使う事がありませんように。
その後、スタート地点で二人は様々な説明を受けた。
「午前中の生徒は八時に出発している。今ゴールしているかどうかはこちらでは確認が取れていないけれど、もしも見かけたとしても接触はしないように」
「どんな状況でもですか?」
「どんな状況でもだ。もしも接触すれば、その時点で試験は中止とみなされる」
「分かりました」
「午前中の生徒は制限時間をオーバーしても午後五時まで試験の続行が許されている。合格にはならないが自力でゴールをしたいという生徒もいるから相手の為にも邪魔をしてくれるなよ」
「はい」
「君達の制限時間も午後五時だ。それまではチャレンジを認めるが、それ以降はリタイヤする様に」
「はい」
「午後五時時点でゴールができなかった場合、それから自主リタイヤの場合だが、この照明弾を使いなさい」
一人二つずつ渡されて、カスミラとガーベラは教師を見た。
「何かあればそれを打ち上げなさい。五時を過ぎた時点でも同様に。その照明を頼りに教師が馬車で迎えに行く」
「はい」
「大体で構わないが、三十分に一回打ち上げて貰えれば場所が分かりやすい。念の為の確認だが中央の一本道を行くな?」
「いえ」
「違うのか。それなら予定ルートをここに書いていってくれ。それを元に回収の場合は行動する」
そしてカスミラが書いた予定ルートを見て教師は目を丸くする。
「何でこんな遠回りをするんだ? 普通に歩いても難しいだろ。ゴールする気があるのか?」
「あの…」
「はい。大丈夫です!」
その質問には、今まで一言も発さなかったガーベラが元気に答えた。
「ちょっと早歩きでゴールします!」
「…」
「…」
少し困った様子だったカスミラと同じ表情をしていた教師は、ガーベラを見て目を丸くした。そして、本当はカスミラに何か言いたいことがあったかもしれない教師は黙る。
「まぁ、ルートは自由だから君達が良ければ良いんだが」
こほんと一つ咳払い。そして教師は最後にとても大切な事を言った。
「これだけは絶対に守って欲しい。もしも怪我をした場合、もしも自分には敵わないであろう生物に出会ってしまった場合は躊躇いなく照明弾を使う事。安全管理はしているつもりだが、自然は何があるか分からない。試験の合格なんかを優先して自分の今後を棒に振る事だけはしないように冷静な判断をしなさい」
「はい」
そして正午、二人はスタートした。
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