四種の卒業試験2

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四種の卒業試験2

「本当に暑いですね…」  うんざりとした顔でガーベラは言った。 「そうね。結構苛酷だわ…」  カスミラも汗を拭いながら言う。正午の今時分は一番日差しが強い時間帯だ。これを考えてもできれば午前中のチャレンジの方が良かったけれど仕方がない。二人が歩いていたのは密林を外れた土の上だった。思っていた以上に日陰も少ない。 「コートで陰を作ってみようかしら」  着る事もできないコートを頭から被って手で支えてカスミラは言う。少しだけ涼しい。歩き辛いけれど。 「どうして裏返しなんですか?」 「もしも汗で湿ると、乾燥地帯に行った時に冷たいかもって思って」 「なるほど」  そう聞いてガーベラも裏返しに影を作った。 「少し暑さが和らぎますね。考えてみれば雨よりは晴れの方が良かったかもしれないです」 「そうね」 「絶対ゴールしましょうね」 「うん」  それだけの会話を交わして、二人はその後、必要な会話以外は口にせずに歩き続けた。それが二人の試験に対する思い入れと姿勢でもあった。  高温多湿の地域を抜けて砂漠地帯に到着。乾燥しているけれどやはり暑い。まめに水分補給を行いながら無理の無い様に歩いた。ここでの無茶が後で影響したら本末転倒だ。まだ体力もあったけれど、ペースを守って二人は進んだ。 「ガーベラ。喉はどう? 乾いている?」 「はい」 「もしかしたらだけど、この先にオアシスがあるかもしれないの。けれど今もあるか分からない。あと、ほんの少し迂回することになるんだけど」 「できれば行きたいです」 「うん。私も。行こう」  そしてオアシスに辿り着いた。ちゃんとそこにあって、飲める程度の水という事を確認してから持っていた水を飲んで補充した。手と顔も洗ってさっぱりした。 「ありがとうございます。カスミラ様。こんな事まで調べて下さって」 「ううん。私にできる事はこれだけだもの」 「…でも、私はまだ何もできていません…」  能力者と言われても、今のところカスミラにおんぶに抱っこだ。情けない程何もできていない。 「一緒に試験を受けてくれているじゃない」  と、カスミラは笑う。それがどれだけ嬉しい事か、ガーベラにはちゃんと伝わった。それが自分にとってもどんなに嬉しい事か。 「行きましょう。砂漠はあと半分よ」 「はい」  ここまでは順調だ。気候は過酷でも、道は平坦で歩き易い。障害もない。そういう道を選んでくれたんだと今になって実感する。何も無ければ良い。自分の能力なんて使わなければそれで良いんだ。でも油断はしない。何かあれば全力でカスミラ様を守る。そう思いながらカスミラの横を歩き始めた。  その時、遥か後方で照明弾が上がったことを前を向いていた二人は気付かなかった。勿論、それが中央の道を大きく外れていた事も。  砂漠の切れ目が見えた。まだ安心はできないけれどこの先は気温が下がるし危険度が格段に下がる。カスミラは心底ほっとした。 「ここから一気に寒くなるわ。もうコートを着ましょうか」 「はい。あ、カスミラ様、服は乾いてますか?」 「え? ちょっと汗かいてるけど…」  砂漠で大分乾いたけれどまだ少し湿っている。 「でしたらここで乾かしていきましょう」  そう言ってカスミラに半袖一枚になるように言うとガーベラも服を脱いで抱え風を起こした。乾燥した暑い気温のここで、服は一気に乾く。 「あ…ありがとう。とっても快適だわ」 「いえいえ。これくらい安いご用です」  丁度砂漠も切れたので、そこで二人はコートを着た。あと一時間ちょっとで約五キロの道のりだ。余裕は無いが歩いてゴールできる見込みは十分にある。 「順調に来たわね」  自分でも声が明るくなったのが分かる。心配事がほぼ解消した。あとは前を向いて歩くのみだ。 「はい。もう少し頑張りましょう」  ガーベラはその言葉に素直に頷いた。  それから二十分ほど過ぎて残り三キロ程。ガーベラが火で温めてくれた石をタオルに包んでカイロ代わりにしながら二人は歩いた。見通しの良い平坦な道。周囲の警戒は切らさなかったものの、二人は今迄よりも少し言葉多めに進んだ。  その時、近付いてくる音に気付く。後ろからだ。まだ遠い。けれど思わず足を止めてそれを待つ。 「…馬車みたいですね」  と、ガーベラが呟いた。確かに車輪の音に聞こえる。でも。 「どうしてこの近くを走ってるのかしら…」  先行した生徒は中央の道を選んでいる筈だ。回収されたとしてもこの辺りを走ってくる理由が分からない。  とにかく前に進むことにした。他の生徒には干渉しないように言われている。馬車の音は聞こえるし、もっと近くなってからその姿を確認しても問題ないだろう。  それから約四十分後。時刻は午後四時になった。これでカスミラとガーベラはタイムアップで不合格になった。 「間に合わなかったかー」  と、サンブラントは呟く。三十分ほど前から待機していたけれど彼女達の姿は見れなかった。 「…」  うん。の返事の代わりにレンデストは頷いた。残念だ。けれど無事に戻ってきてくれたらそれだけで。そう思う。 「今回はかなり環境が悪かったみたいだね。クリアできた生徒はいなかったみたいだよ」  教師の立場上、情報は掴んでいても口には出さなかったレンデストは時間切れになった事でそう呟いた。 「最初の熱帯地帯でリタイアする生徒がかなり多かったみたいだ。温度が例年よりも高くて熱中症になったり大量発生していた虫や爬虫類に足止め食らったらしい」 「それが理由なら逆に呆れる。能力なんて関係ないじゃんか。ただの準備不足だ」 「まあね」 「あいつらならそこら辺は問題ない。そもそも関係ないルートを選んでるんだろ?」 「うん…」  カスミラの選んだルートは密林の外れだった。木も起伏もない土が覆う場所だ。陰もないから暑さはきつかった事だけ覚えている。だから熱中症には十分気を付けている筈だ。そこでへまをするような真似はしないだろう。だからこそ不安だった。間違いなく砂漠までは到達している筈だ。その砂漠で何かあったら。  でも、照明弾は飛んでいない。カスミラ達のものだけではなく、個人的に依頼した相手からも。だとすれば蠍の可能性は無い。じゃあ、どこで足止めを食らっているのか。ただスタミナが切れただけ? 歩くのだけならやり方もペース配分もしっかり検討していた筈のカスミラが? 「そう言えば午前中の生徒を回収しに行った馬車も到着していないな…」  と、他の教師の声が聞こえてきた。 「大分前に回収向かっただろ」 「照明弾が上がった場所が予定ルートからかなり外れていたみたいでしたからね」 「ここよりスタート地点に近かったみたいだし、戻ってるのではないですか?」 「いや、それはない。今日はここに来ることになってるんだ。スタート地点の設営も畳んでいるし」 「ああ、そうか。今日は最終日だった」 「そうでしたね」 「馬車が戻ってきたぞ!!」  その時、高所から望遠鏡でリメート地帯を監視していた教師の声が聞こえてきた。 「様子がおかしい!!」 「様子が? なんだって?」 「おかしい?」  教師陣は彼を見上げて目を丸くした。 「挙動が変だ! 様子を見に行ってくれ!!」 「…!」  その言葉を聞いて、レンデストとサンブラントは馬車が入って来るであろうところに向かって走り出した。
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