四種の卒業試験3

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四種の卒業試験3

「先生!! どうしたんですか!?」  馬車が到着して、綱を持っていた教師にそう声をかけたのはレンデストだった。隣でサンブラントも彼を見上げている。 「さ…蠍…」  真っ青な顔をしてそう呟いた教師の言葉は、サンブラントには聞き取れなかったようだ。レンデストだけが理解してその教師の足を揺すって先を促す。 「どこで!?」 「さ…砂漠、少し…」  がたがたと震える教師は話にならない。レンデストは後ろの荷台のドアを乱暴に開いた。二人の生徒が床に座り込んで寄り添っている。カスミラとガーベラじゃない。会ってないのか? 「蠍を見たって本当か!?」 「せ…先生…」  こちらも真っ青になって震えている。けれど今はそれをケアしている場合じゃない。レンデストは生徒の肩を掴んで言った。 「ここは安全だから安心しろ。蠍をどこで見た!?」 「た…確か…砂漠…」 「ちが…砂漠じゃ…なかった…気がします…」  寒さも彼らを震えさせているらしい。真っ青になってがたがたと震えながら必死に何かを言おうとするが声にならない。 「カスミラとガーベラは? 見てないのか!?」 「…」  その問いに生徒は必死に首を振る。その回答をすぐに理解できなくて。  いや、したくなかったのかもしれない。レンデストはもう一度問いかけた。 「二人を見たのか!?」 「…」  その質問に二人は必死に頷く。まさか。 「蠍と一緒に!?」  その言葉にも二人は必死で頷いた。何で? 照明弾は「一つも」上がってないぞ!? 「おい。蠍ってどういう事だ」 「危険種の蠍が出たみたいだ。二人もそれに遭遇してるらしい」  荷台から降りてレンデストは呟く。状況の掴めていなかったサンブラントは、その言葉に目を丸くした。 「…え? その蠍と二人を置いて逃げてきたのか!? どういうことだよ!」 「やめろ! 今そんな事をしている場合じゃない!」  教師に食ってかかったサンブラントを制してレンデストは叫んだ。 「じゃあ、助けに行かないと!」 「お前は行くな!!」  レンデストは今にも走り出しそうなサンブラントの腕を掴んで言った。 「お前に何かあったらどうなるか分かってるだろ!?」 「ふざけんな! じゃあ見殺しにするのか!?」 「砂漠に討伐隊を配置してある! お前よりもそっちの方が早いし確実に倒せるから行くな!」 「…え?」  その言葉にサンブラントが止まった。そして目を丸くしてレンデストを見て呟く。何でそんな事を? 「…お前、蠍が出ることを知ってたのか?」  レンデストは答えない。けれど表情で理解した。レンデストは知ってたんだ。 「だったら何で」  危険だと分かっていて何故二人を行かせた? そもそもどうしてここで試験をしてるんだ? 色々な疑問が頭を巡ったサンブラントにレンデストは答えた。 「カスミラが、一昨年目撃情報があった事を知って相談に来た。調査も終わって問題なしと判断されてる。その上で彼女が受験すると決めた」 「…」 「だけど無視できなかったから、その後すぐに討伐隊を手配した。他の生徒達の時も含めて砂漠地域は討伐隊が監視している。生徒が砂漠に入って出るまで姿も確認している筈で、何かあれば生徒とは違う照明弾が上がる事になっていた。でも何も合図が無い」  何かイレギュラーな事が起きてる。それが何か分からない。 「れ…レンデスト先生…」  それを聞いていた馬車に乗ったままの教師が、もう泣きながら話しかけてくる。 「蠍に気付いたのは…砂漠を越えて、数キロの地点、でした」 「…!?」  砂漠じゃないところに蠍が出た? しかも寒い乾燥地帯で? 「あと…わ、私が、私が…」  そう言って号泣してしまう。しかしそれは意に反しているらしい。必死に胸を叩きながら途切れ途切れの言葉で教師が伝えた言葉はこれだった。 「道を外れてしまい迷ったので、蠍を目撃してから一時間は経っています」  しん…。と、その場は沈黙した。三人の息を切らして泣く音だけが弱々と漂って消えていく。 「一時間…?」  そんな時間を逃げ切れる筈がない。それに乾燥地帯では蠍に抵抗する手段も無い。普通に考えれば生きて戻って来られない。もしも一人が犠牲になって一人が逃げていたとしても時間が経ち過ぎている。その可能性も低い。 「と…とにかく、国に捜索隊の依頼を…」 「い…急げ。死人が出たなんて大変なことだぞ!」 「死人…?」  その時、遠巻きに様子を伺っていた生徒がその言葉に反応した。訝しげに、そして好奇心を持って見ていたらしい彼らは、その強烈な一言を得て活性化した。それは一気に広がって、ドミノ倒しの様に目に見えるようだった。 「え? 誰か死んだの?」 「誰かって…あの子でしょ?」 「さすがに死ぬことはないでしょ。死にかけてるかもって事じゃないの?」 「大体無謀だよな。能力者もクリアできない試験に挑むなんて、最初から無理って分かっていたじゃんか」 「先生も何で止めないかねー」  事の重大さを分かっていない無責任な群衆の言葉は、サンブラントとレンデストにも聞こえてくる。サンブラントの拳は強く握られ、血管が浮き出てきていた。そして息を吸い込んで何かを叫ぼうとした。何の解決もしなくても、黙ってこの声に晒されるのが我慢ならない。  その瞬間だった。 「二人…二人! こっちに歩いてくるぞ!?」  上からそんな声が聞こえてきて、その場は一気に沈黙した。二人? 二人って? 「うちの学校指定のコートを着ている! 午後にスタートした生徒だ!!」 「…!?」  何で? どうやって切り抜けてきた? そんな事不可能なのに。そう、無言で顔見合わせた。けれど何も言葉が出てこない。それを否定したくないけれど、肯定の言葉が出せないから。  そして呆然としたまま二人を待った。本当は飛び出して行って状態を確認したかったけれど、これは彼女達の試験だ。自分達が関わったら失格になってしまう。  どうしてそんな事を思い出して、ただ待っていられたんだろう。もしかしたら確認するのが怖かったのかもしれない。確かめなければ、もしも二人でなかったとしてもその間だけは希望を持っていられるから。  でも、二人は裏切らなかった。目視でも分かるほど近くに来て確認する。カスミラとガーベラに間違いなかった。  ゴールをくぐった二人に、いや、ガーベラに歓声が上がった。 「戻ってきた!!」 「凄い! 良く無事で…」 「無能者と一緒だったのに!!」 「守って戻ってくるなんて格好良い!」  口々に賞賛の声が飛ぶ。その時点でずぶ濡れのカスミラに気付いたのは二人だけだった。一人がガーベラからカスミラを引き受け、タオルをかけて連れて行く。それを呆然と見送った。でも、その違和感が不安に似た感情を連れてくる。  濡れてる? 乾燥地帯にいたって聞いたぞ? その前から濡れていたことは考えられない。砂漠も越えてきているのに。何があった? どうして。  こんなに安堵の瞬間に胸はざわついた。信じられない事が起きている予感がする。だってどう考えてもおかしい。  まさか。 「ガーベラ!! 素晴らしい!」 「カスミラも守って戻ってくるとは。君はヒーローだ!」  心底安心したらしい教師たちも口々にガーベラへ賞賛の言葉を口にする。ガーベラの表情は見えない。そこから目を逸らしてサンブラントは背を向け、遠ざかっていくレンデストとカスミラを見た。とにかくこの場はこのままにしておこう。カスミラの状態はあまりにも悪そうに見える。すぐに治療と休息を取らせないと。それに、この違和感も今ここで絶対に気付かれてはならない。ガーベラに注目して皆気付かずに、もしくは忘れて欲しい。そう思った時、声が聞こえてきた。 「信じられない…」 「…」  しん…。と、一瞬でその場が静まった。その声はガーベラのものだった。僅かに首を振りながらカスミラとは別の理由で顔色を無くした彼女は、周囲の人の顔を見ながらこんな事を言う。 「私一人の力でここまで? そんな事、どうして言えるんです?」  その言葉に、レンデストが反応したのを見た。これはまずい、と気付く。自分の予想している事を彼女が口にしたら。 「ガーベラ、止めろ!」  と、言いかけた言葉は一瞬遅かった。 「先生。先生は私がカスミラ様のご指導を受けていたのを見ていましたよね。そのおかげで私の能力が向上した事は無視ですか!?」 「え? ああ、それは…」 「それを無くして私は生きては戻ってこれませんでした。それを知りながら…皆も知っている癖に…」  怒りに震える小さな声は、その群衆の隅々まで行き渡る。 「カスミラ様は、今日だってずっと私を守って下さいました。事前に道を調べて安全なルートに導いて下さって、知らなかった危ない事からも全部守ってくれた…」  その言葉が進むにつれ、群衆の注目は地へ落ちた。誰もが気まずそうに俯いている。 「何もかもが目の前にあるのに、それでも認められないなんて呆れます。心底見損ないました」  泣きながら、それでもその涙を拭うこともなく静かにそう言い捨てて、ガーベラは中心から抜け出した。レンデストとカスミラとは反対の方向へ。  それを追おうとしたサンブラントとレンデストの視線が一瞬絡む。レンデストは頷き背を向けた。カスミラを隠す為に。  それを見送ってサンブラントは走り出す。反対の方向へ。そしてガーベラを追った。  その後の四人が知らなかったこと。 「何よ…」 「折角誉めたのに」 「あの態度はないよな」 「無能力者と組むだけあるわ」 「あの情けない顔見た?」  口々と小さな声でガーベラとカスミラを非難する生徒の声が生まれて広がっていった。それは教師陣にも届くが彼らは何もできずにいる。もう収拾もつかない。そこには笑い声さえ溢れ始めた。 「大袈裟だよね。普通に歩いて戻ってきたじゃん」 「騒ぎ過ぎ」 「しょうがないよ。無能力者だもん。ここまでできれば誉めて貰えるんじゃないのー?」 「得だねー」  そんな声を聞いていた一人が泣いて叫んだ。 「ちょっと…も…う、もう止めて!!! もう止めてーー!!」  馬車から転げ落ちるように降りて地面に膝を着いた彼女は回収された生徒だった。目を丸くした群衆に声を枯らしてこう言った。 「あたし達に蠍の事を教えてくれたのはカスミラ様!! あたし達はあの人のおかげで助かったの!! 自分の方が危険だったのに助けてくれたの!!! ガーベラも倒れ掛けた馬車を立て直してあたし達を逃がしてくれた!! あの人達は死ぬかもしれない状況で、あたし達を助けてくれた命の恩人なの!! だからもう止めて!! これ以上無責任な非難は聞きたくない!! 止めて止めて止めてー!!!!」  うわぁぁー!! と、うずくまって泣き出した彼女に、今度こそ群衆は黙った。回収されたもう一人の生徒も、教師もうずくまって泣いている。その状況を見て、その場にいた全員が顔色を無くした。
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