私とペアを組んで下さい

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私とペアを組んで下さい

「そういや、卒業試験の要項貼り出されていたな」  まったく、仕事の邪魔ばかりして…。という教授の小さな呟きは無視してサンブラントが言った。 「ちょっと緊張します」  ガーベラもマイペースに応え、そう言って二人で笑っている。  サンブラントの言う「卒業試験」は能力の試験だ。一般教養の試験もあるけれど、この学校ではそれは大きな意味を持たない。勿論、赤点を取ってしまえば留年の可能性はあるけれど。  さて、この卒業試験は火、風、水、地の四つに分かれている選択制の試験である。そしてもう一つ「四種」という特別試験も用意されている。これは一人ないしは二人でペアを組んで挑む試験で、毎年殆ど合格者が出ない難易度の高い試験である。ある程度の怪我は当然と言われる程困難らしく、他の試験の兼用も認められていない為、四種を受ける者は少ない。しかしその試験をクリアした者はその後の輝かしい人生が約束されるという噂もあり、成績上位者達は牽制しあいつつもパートナー探しを激化させていた。この試験の結果はステータスとして一生ついて回る。能力をどの様に使うかというよりも、どのレベルの力を持っているかが重要なこの世界では、まず学校をどういう成績で卒業するかが人生の大きな山だった。  自分には関係ない話だと思いつつ、カスミラは二人を見て余計な詮索をしてしまう。サンブラントは一人でも四種に合格できるだろう。でも、きっとガーベラとペアを組む。この卒業試験には、生徒達に受け継がれてきたこんな言葉があった。「卒業試験の際には恋人、もしくは婚約者を守る事」この試験でペアを組んで結ばれた者は少なくないらしい。もしかしたらあやふやな二人がこの試験でしっかりと結ばれるかもしれない。  そういえば私って卒業できるのかしら。と、今更気付いたカスミラは少しだけ気を落とした。どんなに努力をしてもどうしようもない。そんな自分を何の苦労も知らない様な顔の三人が覗き込んでくる。 「どうしたー?」 「ご気分悪いんですか? 大丈夫ですか? カスミラ様?」 「重い物を持ったせいかな? それとも女心の分からない殿下のせいかな…」 「ちょっと。冤罪」 「心当たりがあるからって焦るんじゃない」 「焦ってません。どれだけ長い付き合いだと思っているんですか。今更体調崩されても困ります」  そう。実はサンブラントとカスミラは幼馴染と言ってもいい程の長い付き合いだった。王族に顔を覚えられる程、カスミラの家の位が高いという理由でもある。親は無力者の娘を表に出すことを決して良しとはしていなかったが、王族への礼儀からカスミラを隠し通す事はできなかった。その結果、サンブラントが何故かカスミラを放っておかず、そのせいもあって親は最低限の面倒を見ざるを得なかった。冷遇はされてもある程度のものを与えられ、粗食でもきちんと食べさせてもらい、狭くても部屋を与えられている。外に出す為の最低限の礼儀作法も教えられた。そう考えればサンブラントには感謝しても良いくらいだ。…それを表に出せるかどうかは別として。 「…先生」 「ん?」  その自分の声に三人が一斉に反応した。どうやら本気で心配はしてくれているらしい。能力が高くて人格者なんて本当にできた人達。と思いながらカスミラは言った。 「あの…私、卒業はできるんでしょうか? 試験、どうしたら良いんでしょう…」 「え?」 「ん?」 「何で?」  と、三人が驚いた声で口々にそんな事を言う。その声に顔を上げると、きょとんとした顔の三人と目が合った。 「…え?」 「え? じゃないよ。あんなの余裕だろ? な? ガーベラ?」 「はい。お任せ下さい。私、何としてもクリアしてみせます!」 「…え?」  何の話? と、カスミラは目を丸くした。それを見てレンデストが気付いたように顔を顰める。 「…ちょっと待って。二人ともその話、カスミラにしたの?」 「え?」 「ん?」  あれ? と、三人は同時に首を傾げた。カスミラは何のことだか分からない。  そのカスミラの前で、サンブラントとガーベラは顔を見合わせて小さく首を振りあった。そこで納得したらしい。 「ああ。そうか。俺、ガーベラが言っているとてっきり」 「私も、サンブラント殿下から伝わっているものと思って。申し訳ございません」  そう言ったガーベラは、こほん、と小さく咳払いをすると、カスミラを真っ直ぐに見てこう言った。 「大変失礼しました。カスミラ様。私とペアを組んで四種に挑戦して頂けませんか?」 「…」  はい? 目を丸くしてガーベラを見つめると、それをしっかりと受け止めてガーベラは大きく頷いてくれる。 「…え? 何言ってるの?」 「…ご不満ですか?」  と、泣きそうになったガーベラに、カスミラは慌てて言った。 「不満とかじゃなくて、無理です。無理無理」 「え? …どうしてですか?」 「どうしてって…」  一体何を言われているのか分からない。助けて。そう思って男性陣を見ると、サンブラントは当然とでも言いたげな口調でこんな事を言う。 「カスミラ。断るなら断るでちゃんと理由を言え。それが礼儀だぞ」 「君に礼儀を説かれたくないと思うけど、まぁ、そうだね」  うんうん。と、二人もガーベラの味方らしい。それを見て、三人を見ながらカスミラは言った。 「あの、私は無能力者です。四種なんて受けたら死にます」  試験の内容は分からないけれど、止まっている的に石をぶつける程度の物では絶対にないだろう。それに、怪我をする程度というのは対能力者の話。自分が挑戦したら死ぬことも十分考えられる。それを何て事。先生まで。私に死ねって言うんですか? 「死なない死なない。ガーベラがいれば絶対に大丈夫」  あっけらかんと答えたサンブラントに思わず怒りを露わにした。あなたには言ってませんっ。 「そうじゃなくてっ。じゃあ言い方を変えます! ガーベラは私と組む意味ないでしょう!?」 「あります」 「…え?」  聞き返したカスミラに、ガーベラはレンデストに頷いてから堂々とこんな事を言った。 「パートナーとして、きちんと私を鍛えて下さい。レンデスト教授から許可を頂いています。その上で試験に臨むなら、カスミラ様と絶対に一緒に合格できるとお墨付きを頂いています」 「先生!?」 「何か問題でも?」  と、レンデストはカスミラの顔を見て言った。 「カスミラ。君はここでどのくらい働いている? 無能力者と言えど、知識だけは他の教授にだって引けを取らないほど蓄積されている筈だ。その能力を活かしてパートナーを強くして試験に臨むのの何が悪い」 「でも私には感覚が分かりません!」  能力を使うには感覚が全てと言われるほどセンスの問われる力でもある。机上の空論しか頭に無いカスミラが、ガーベラの指導を拒むのは当然と言えば当然だった。 「カスミラ。お前、ガーベラを見縊りすぎだ」  しかし、そう言ったのはサンブラントだった。顔を向けると機嫌の悪そうな声でこんな事を言う。 「今更感覚の話か? そんな事にガーベラが躓く訳がないだろ。お前の言葉だけで十分理解できる」 「…」  もしかしたらそうなのかもしれない。けれど、だったら自分の力なんていよいよ必要ないのに。 「カスミラ様。お願いします。どうか私を指導して下さい」 「そんなの…」  無理…と、言いかけた言葉をレンデストが遮った。 「カスミラ。これは本当はもっと後に言おうかと思っていたんだけど、今後を決める重要な事だから今言っておく。これは、結果によっては君の将来も決定する大事な試験になる」 「…え?」 「君を特別講師に推薦する可能性がある。さっきも言った通り、君は知識だけ考えたら他の教授を越える程のものを蓄えているからね。でも、無能力者では確かに感覚が理解できないという理由で不採用になる可能性が高い。その時に説得できる実績があるかどうかは天と地ほども違う。ガーベラレベルの能力者にはサンブラントが言った通り、感覚以上に知識が必要になってくる。それを立証するまたとない機会なんだ」 「…」  自分の将来。そんな事考えたこともなかった。余りのことに言葉を失ったカスミラに、レンデストは優しい声でこんな事を言う。 「優秀な人間は、能力だけでは評価に値しない。君は能力以外の部分で試験に臨んだらどうだ?」  そんな事が可能なんだろうか。ものを言うのは結局能力なのに。  でも、ガーベラにとってプラスになる…可能性はある。試験は期間内に申し込みと実技を行うものだから、やっぱり無理だと思えば自分が辞退すればいい。そしてガーベラに専門の試験を受けてもらえばトップで通過するだろう。そこまでは検討しても良いのかな。おんぶに抱っこ感は否めないけれど、自分にとっても有り難い話だ。学校を卒業したらどうなるか分からない。その時に手に職があったらどんなに心強いか。 「…でも…」  と、最後にカスミラはサンブラントを見た。目が合うとサンブラントは驚いたように目を丸くする。 「何だよ」 「あの…あなたはガーベラと組みたくないの? あなたならガーベラを守れるのに」 「はぁ?」  その言葉に、サンブラントは心底呆れた声でそう言った。そして首を振ってこんな事を言う。 「俺は試験なんか受けないけど?」 「…え?」 「あー。カスミラ。あのね。これはオフレコだけど、サンブラントは生徒じゃないんだよ」 「…え?」  レンデストの言葉に、カスミラはぽかんとしたままの顔を上げる。 「生徒みたいに振る舞っているけど、学校に籍は無いよ」 「必要ないだろ。俺、専任講師つけて全部修得してるし」  サンブラントはそう言って、驚いた表情のカスミラを見て笑う。 「…じゃあ、何で学校に…」  と、言いかけて思い出した。そうか。花嫁探し。それに今はガーベラがいるから。 「…の割に真面目に授業を受けてたわね」 「王子たる者、不真面目な姿は見せられないからな」 「それ位の配慮ができないなら学校には通わせないって言われたからだよね」  得意顔のサンブラントを差し置いてレンデストが本当の事を教えてくれる。 「大体さ。その誤解をしているなら、どうして俺がガーベラを守らなきゃならないんだ? ガーベラは一人でも問題ないのに」 「うん、と…」  それは…だって…。恋人を守る伝統みたいなものがあるらしいから…。  なんて下世話な事を言える筈もなく。カスミラは素直に黙った。そのカスミラに、サンブラントはこんな事を言う。 「もし俺が試験を受けるなら、お前と組んでさっさとクリアするわ。それが一番簡単だろ」 「え…」  そんな事を言ったらガーベラが…。そう思いながら恐る恐る彼女を見ると、彼女も難しい顔をしてうんうんと頷いて同意している。 「そうですね。それができたら一番手っ取り早かったのですが、残念ながらそうもいかないのでカスミラ様。是非私と」 「…えー…と」  今、この場で強く断らなければならない理由もない。躊躇いつつもカスミラは、ガーベラの申し出を受ける事にした。
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