夜会に引っ張り出されてしまいました

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夜会に引っ張り出されてしまいました

 そんな事をしている内に、あっという間に一ヶ月が過ぎた。試験の期間はこれから一ヶ月間。今日から申し込みが始まる。試験当日に空きがあればその場で申し込み即受験も可能だけれど、普通は予定を立てて事前に申し込むことが多い。特に四種は最初は申し込みすら無い事がままある。午前一組午後一組だけに限られ六十組が最大だが、毎年受けるのは十組に満たないという事でまだ皆様子を伺っているのだ。 「受験日、いつにしましょうか」 「そうね…」  ガーベラとカスミラの二人は研究室でそんな事を言ってカレンダーを見つめた。 「私、もう少し練習がしたいので、できれば後の方にして頂けると有り難いのですが」 「じゃあ…月中頃にしましょうか」 「ん? その頃夜会がなかったか? お前来ないのか?」  と言ったのは勝手に参加していたサンブラントだ。そう言われて顔を上げたのはカスミラ。 「あ…えっと…」  そうなんだ。と、予定すら聞いていないので戸惑った。親は本当は連れていきたくないのだろうけど、時々無言で引っ張り出される。今回どうか分からない。だとすれば避けた方が賢明だ。そんな事はここで言えないけれど。 「じゃあ月末になるわね…」 「もう、いっそ最終日にしますか?」  と、おどけた様に言ったガーベラに待ったがかかった。 「滅多に無い事だけど、試験が天候不良で中止になったり体調不良の場合、試験期間中じゃないと振替がきかないから後に日が残っていた方が良いよ」  へぇー。と、三人がレンデストを見上げる。有り難いアドバイス。 「じゃあ、最終日の五日前…にしますか」  そんなこんなで受験日は決定した。  その日も、カスミラはリメート地帯の地図を見ていた。この一ヶ月、ずっと見ていて完璧だと自分でも思うけれど心配で目が離せない。どこかに違いはないかと色々な地図や模型や地域図を見たけれど、この紙に間違いは無かった。信じればいいけれど、何か不安。  目を閉じて地図を思い出す。詳細な部分まで細かく。そして自分が歩いている状態を想像する。ここは右、ここは左。少し勾配がある部分。左手に沼が見えて、その脇に見えないけれど小さな小道がある。砂漠の目印。乾燥地帯の寂しい風景。その逆も思い浮かべる。ゴールからスタートへ。それも想像できるくらい完璧に自分の中に道ができている。この風景や空は、きっと想像通りではないだろう。けれど変化がない筈の道は覚えた通りであって欲しい。  …うん。  多分、大丈夫。そう思って目を開いたら仕事のノートが見えた。自分は脇に置いていた地図に気を取られて仕事を疎かにしていたらしい。いけないいけない、と慌てて仕事に取り掛かったら前から笑い声が聞こえてきた。 「随分長い瞑想だったね」 「…すいません…」  と言ってカスミラは赤面する。レンデストはこの部屋にはいなかった筈なのに、いつの間に戻ってきていたのか。長い事、自分は地図の中を歩いていたらしい。 「リメート地帯の地図?」  カスミラの手元を見ていたレンデストは彼女の意識が囚われていたものに気付き、手に取った。仕事中なのに…と、カンニングがばれてしまったような気持ちでカスミラはもう一度謝罪をする。 「すいません…」 「…」  しかしレンデストからは返事がない。あれ。本当に怒っちゃったのでしょうか。と、心配になって恐る恐る顔を上げたカスミラは、その地図に引かれた線を目で追っているレンデストに釘付けになった。何か間違っているのだろうか。そう思ってしまう程、彼の表情は驚いている。 「…これが試験で通る予定のルート?」 「え? …あの…はい…」 「随分遠回りだね」 「これ以外のルートだと足止めをくう可能性が高いと思って…」  リメート地帯を横断するとなると、まずは熱帯の密林を通り抜け砂漠へ。その後は寒い乾燥地帯を経過する事になる。最短ルートは舗装されている場所も多い中央の広い一本道だ。ただ、道のりは易しくない。密林では生き物の出現の可能性が高く、砂漠に関してはこの道が一番安全とも言えるが、その先の乾燥地帯は凍っているかもしれない道なのにアップダウンが多い。何かしらの力があれば難なく越えられるのかもしれないけれど、カスミラの場合は通用しない。密林を避け、砂漠を安全に経過し、なるべく平坦な道を。遠回りしてでも安全な道で進みたいと思って検討を重ねたカスミラが、最終的に決断した道筋だった。 「四時間で歩ける?」 「…頑張って歩きます」  それなら自分にもできる。ガーベラの力が必要になるかもしれない事と天秤にかけても、こっちの方が絶対に体力的に楽な筈だ。沢山訓練はして貰ったけれど、それと危険にあっても良い事はイコールじゃない。 「…そう」  それを聞いて、レンデストはそれ以上何も言わなかった。静かに笑って地図を元あった場所に置いてこう言った。 「頑張って」  二年前に歩いたのと全く同じ道。一度も力を使わずに、ただ歩いて試験をクリアした彼の導き出した答えと、それは完全に一致していた。  試験までの間、カスミラはひたすら地図を見ながら。ガーベラは練習に時間を費やした。難しい事を一気に教え過ぎても混乱するだけ。今は必要最低限の事を集中して覚えて貰おうというカスミラの意図は、きちんとガーベラを成長させたらしい。不安定だった技術はすっかり安定して、ガーベラにも確かな自信が見て取れた。これなら試験に挑んでも大丈夫かもしれない。とカスミラはやっと思えた。今でもガーベラの一生を左右する試験に自分が関わる事は不安を感じる。けれど、だからこそ万全の準備をして臨もうと集中して考えうる全ての事をしようと思った。  けれど。  結局呼び出されちゃった。と、カスミラは王宮に向かう馬車の中で肩を落とした。両親がいつ、どの程度夜会に参加しているのかは知らない。だから自分を常に連れて行っているのか、そうではないのかも分からない。けれど今回は引っ張り出されてしまった。王族の開催する夜会だから家族が揃っていないと体裁が悪いのだろう。それにしても毎回の如く勝手に準備されてどこに行くのか着くまで分からないミステリーツアーは心臓に悪い。今回は知ってるけど。 「姉様。学校はどうなの? どんな感じ?」  対面からそう声をかけてきたのは弟だった。弟とは殆んど接点がない。自分は屋敷の隅の部屋に追いやられ、幼い頃から家族と別に生きてきた。それでも姉という認識はあるのか、時々会うと話をしたりはする。弟は来年入学だ。興味があるんだろう。  さて、どう答えたものか。と思っていたカスミラより先に隣の父親の声が聞こえてきた。 「こいつに聞いても無意味だぞ」 「ああ。そうね。あなたそろそろ卒業だったわね。…そうだ。卒業できるの? 試験パスできないでしょう」 「落第するのを待つよりはその前に中退させるか?」 「落第って何」 「試験に落ちて卒業できない事よ」 「え? 姉様、そんなに馬鹿なの?」 「馬鹿っていうか、それ以前の問題よ。本当に恥ずかしい」 「落第を待つまでもないか。そろそろ除籍だな」 「そうね。学校にはちゃんと通わせたんだから、これ以上私達が面倒を見る筋合いもないわ。あなた、今年度の学校が終了したら家を出なさいよ。留年したって面倒見ないからね」 「除籍って何」 「家族じゃなくなる事よ」 「え? じゃあ、姉様いなくなるの?」 「そうよ」 「やった。学校に行っても馬鹿にされなくて済むよね」 「ああ。そうだな。いいタイミングだ。お前の姉が無能力者だと思われたら、お前も過ごし辛いだろうしな」  そんな事を聞いていて、思わず顔を顰めてしまった。そうか。弟は春から入学。自分が学校にいても大丈夫だろうか。いられればだけど。  いやいや、今はそれ以前に大切な事がある。とにかく試験に集中しよう。そう思ったら馬車が止まった。会場に着いたようだ。
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