親の敵意が半端ない

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親の敵意が半端ない

 その後、両親はあれやこれやと二人に話をしてからこう言った。 「やだー。あれがカスミラちゃんのご両親だったのねー」 「気付かなかったなー」 「…」 「…」  聞くと、喧嘩腰でかなり失礼な事を言われたらしい。が、今の今まで忘れていたようだ。羨ましい脳味噌を持っている。どうして自分には遺伝しなかったんだろう。ひきつりながら頑張って笑顔を見せるロメリアに無理しなくても良いと言って続きを聞いた。 「カスミラちゃんには全然似てなかったわよー。ねえ?」 「うん。カスミラちゃんの可愛さの一パーセントも無かった」 「偉そうだったし、何か嫌な感じだったし」 「見下してる感じだったな。挨拶にも来ないのかとか礼儀がなってないとかな」  ぶーぶーと二人はその場で愚痴をこぼした。そんな暢気な話ではない筈だけど、気付かない内に終わった上に状況も変わったのでもうこれ位しかできない。  先方が上から目線で来た理由は分かる。王族とはいえ、ほぼ離脱したも同然の花を売っている農家なのか商家なのか分からない家なんて馬鹿にする対象でしかなかったのだろう。最終的にはカスミラを返せとでもはっきり言うつもりだったのかもしれない。それともなければ勝手に結婚した事を詰る可能性もあっただろう。それが息子が王政に戻るという発表があって急に状況が変わった。つまりこの家は正式に王族に戻ったも同然だ。少なくとも一目置かれなければならない存在になった。自動的に。  それでか。と、レンデストは納得する。一組の青ざめていた男女。自分の隣にいた両親もしっかり確認しただろう。 「もう、本当に腹が立つわ! お母さん、何言われてもカスミラちゃんを元の家には絶対に返さないからね!」  と、思い出して今更怒りながら母親は言った。 「そうだそうだ! あんな二人の元に戻すなんてとんでもない話だ。全面戦争になったって受けて立つぞ!」  本来は気の弱い父親も、最早珍しくもなく憤慨している。ロメリアも大きく頷いた。 「本当に、早く完全に手を切れれば良いんだけどね…」  本来なら、王政に戻る発表の時にはカスミラが妻として隣に立つべきだった。そして一緒に喜んで欲しかった。カスミラにとってもそれは幸せな事だった筈だ。それを知らせることもなく捨てて、カスミラの安全と束の間の外出を優先したレンデストに三人は黙る。 「カスミラがあの二人に会わずにそうできればいいんだけど」 「きっと何とかなるわよ」 「とにかくカスミラちゃんを徹底的にガードしないとな」 「力の限りお手伝いします!」  …最早親衛隊だな。と、レンデストは思う。それ程までにカスミラに一度嵌まってしまえばどんどん引き込まれていく。もしも両親の問題が無ければこんな熱量ではなかっただろうか。そう思うけど、それは表面に出ないだけで結局同じだ。両親の問題が無かったとしても、自分はきっとカスミラに惹かれていた。他の皆もそうだ。それ程魅力的な彼女を早く自由にして上げたい。 「迷惑かけてごめん。今後は絡んでこないと思うけど、一応気を付けて」  気まずくて、とてもじゃないけど再接触はしてこないだろう。レンデストがそう言うと、また怒った顔で母親は言った。 「別に良いわよ。寧ろ良い人の振りして近付いてこられなくて良かったわ」 「そういう意味では、ある意味助かったよなぁー」  うんうん。と、二人は頷く。 「こっちのことは心配しなくて良いわよ。どうにでもなるし。あなた達はカスミラちゃんを全力で守りなさい」 「王族にだって正式に復活したんだから使えるものは何でも使え。国王だって利用しろ」 「…」  人当たりが良くて懐の深い両親だった筈だけど、出てくる言葉が滅茶苦茶きつい。余程気に入らないらしい。それだけはよく分かってレンデストは少し安心した。  それから暫くして、レンデストに手紙が届くようになった。最初の手紙はレンデスト本人まで届いたが、開封される事もなく差出人に戻された。その後も何度も届いたが、主人の指示により、使用人が受領作業する時点で配達人に返された。最初こそその対応に戸惑っていた配達人は、やがて事情をそれとなく察し、姑息にも差出人を偽って届けられた手紙の事をこっそりと教えてくれたりもした。やっている事が先方の違法なので業者にも罪悪感はあまりなかったようだ。  レンデストの家は大きな商売をしていることもあり、配達業者にとっては絶対に礼を欠くことのできない上得意先だ。それだけではなく、両親は内の使用人にも対外する業者にも感謝と尊敬の意を持ち続けていた。二人で一から商売を始めたからこそ、どんなに裕福になってもその時に世話になった人に対する態度を変えることはなかった。だからその時に良い関係を築いた人とはずっと助け合って続いている。今は助ける事ばかりの両親に、そしてその息子に、周りが尽くすのは当然といえば当然だったかもしれない。  やがて全く手紙が届かない事に業を煮やした先方から人が送り込まれるようになった。約束もなく、特に最初の内は格下の相手と認識していた使用人や代理人の態度に、彼らを送り届けた御者もレンデストの家の使用人も静かに怒りを燃やしていた。しかし最後には真っ青になって逃げ帰る事になる彼らを丁重に扱った。自分達の態度が主人や上得意先の迷惑になることだけは避けようとする彼らの態度は重箱の隅をつつかせる隙すら与えなかった。その彼らから何が伝わったのか、やがてその来訪も無くなった。  その時期に重なり、レンデストは官僚候補として正式に仕事を始めた。秘書の時の騒動をきっかけに王政も変わり始めている最中の事。勉強と現場での経験を着々と積みながら過ごした。鳴り物入りと思っていた人間も少なくはなかったが、王政に関わり始めたばかりの若い彼が別の意味で注目されるまでに時間はかからなかった。彼を知っている数少ない人間は尊敬の念を持って、初めて彼に接した者は最終的に畏怖の念を持って接することになった。元々学校を卒業する時に一度話のあった王政への復帰。いずれはと思っていたのでその準備を自分でもしていたし、講師を付けてからは集中して学んだことで周囲も驚く程の成長を見せた。時々、だからお前が頑張り過ぎるから俺を見る皆の目が痛いって言ってるだろ。と、サンブラントが愚痴をこぼす程。自分の方が年上なんだしサンブラントが国王になる前に自分はそれなりの要職に着いていないと話にならないだろうと言っても納得できないようだ。どうも、それくらい彼への風当たりは強いらしい。それがレンデストの評価でもあった。 「でもお前、あれだからな。かなりの確率で何考えてるのか分からないって言われてるからな」 「そっちだってすぐ怒るから怖いって言われてるよ」  むー。と、二人で睨み合ったって何も変わらない。二人でいる時はいい。そこに誰かがいた場合には王族以外だとどんな立場の人間だろうと青ざめて気配を消す事になった。だからと言ってお互いに変化を求めている訳でもない。仕事を離れればいつも通りだ。 「何か、王宮の中がぴりぴりしてるって聞いたけど」  レンデストの母親が菓子を食べながら王妃に言う。親同士も気楽に行き来する様になっていた。それもこれも息子達の情報交換…という名のお茶会である。二人の事を話していると単純に楽しいのだ。成長…はどうでも良くて家と職場での落差が。 「サンブラントとレンデストが皆怖いみたいでねー。別に何した訳でもないんだけど暴君と無愛想だから…」 「やっぱりこうなったかー」 「カスミラちゃんとガーベラ、現場にいないからなー」  などと話している割には自分達には関係ないので笑い声まで混じっている。 「家に来ると、いつもきゃっきゃしてるけどねぇ」 「うん。子どもみたいにはしゃいでるぞ」 「その姿を皆に見せてやるかー」 「止めなさいよ。こっちに飛び火するわよ」  それは怖い。と、四人は黙る。 「…まぁ、良いんじゃないか。若い内はお堅いくらいが丁度良いだろう」  と仕切り直して国王が言う。 「そうね。間違っていることしている訳じゃないし、理想論を語れるのも今だけだわ」  と王妃も呟く。 「やる気も体力もある内にね」  とレンデストの母親も頷いた。 「寧ろカスミラちゃんの元家族にぎゃふんと言わせるまでは怖いと思わせておいた方が良いんじゃないか?」  そう言ったレンデストの父親に皆が反応した。それに同意したのは妻だ。 「そうね。そうよ。滅茶苦茶怖い夫だと思わせておけばいいわ」  本当に思い出すだけで腹が立つ! と、ぷりぷりしながら呟いた。 「何かあったの?」 「それが聞いてよ。この前の収穫祭でー…」  そしてレンデストの母親は、すっかり忘れていた事などすっかり忘れてカスミラの両親に会った事を話した。隣で右に同じの夫もその話にうんうんと頷いている。 「本当に失礼しちゃうわよ。自分から家族の縁を切っておいて! 何が挨拶にも来ない。よ! ねぇ?」 「『商売人の癖に礼儀もなっていないのか』って何様だよなぁ?」  物真似までして夫は妻に追随する。「似てる似てる」と笑った二人を見て国王と王妃は引き攣った。 「そういう問題じゃないと思うけど…」 「よくそれで許したな」  自分達だったらそんな不敬は絶対に許さない。というか許せない。そういう立場だ。 「あら。許す訳ないでしょう」 「そう。絶対に許さない」  いつもにこにこしている二人は珍しく、きっ! と眉を吊り上げて言った。 「だからレンデストに言ったわよ。絶対にカスミラちゃんは戻させないわよって」 「王政に戻ったんだから国王でも何でも利用してやれって言っておいた」 「…そう…」 「まぁ、いざとなれば…うん」  カスミラはもう王族の一員だ。彼女に不当な理由で危害を加えようというのなら自分達だって出るところに出る事は厭わない。けれどそれは自分達から言うべきことではないのか? 勝手に当てにされても困るんだけど。 「だからもう滅茶苦茶怖い男になれば良いのよ。どうせ演技じゃなくてあれも素なんだから」 「そうそう。サンブラントと一緒に誰も近寄れないようなオーラ出せばいいんだ」 「…」 「…」  外からは何とでも言えるよね…。と、関わざるを得ない二人は少し気が重くなったけれど、拒否もできずに黙った。
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