覆面裁判1

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覆面裁判1

 この裁判では進行と、異議や指摘、要求の正当性を判断する者として、通常裁判官として従事している者が間に立つ。嘘偽りなく述べることを申立人が誓った後、その彼の一言で裁判は始まった。 「では申立人は要求を」 「はい」  そう言って立ち上がった三人の中で、まずは父親が口を開いた。 「私達の娘、カスミラは無能力者です。それにより私達家族は虐げられ、とても辛い思いをしてきました。その為精神的に病んでしまっていたのだと思います。私達は追い詰められ、彼女を除籍してしまいました。けれど今になって気付いたんです。やはり彼女には家族が必要だと。なので除籍を取り消し、親子の縁を取り戻したいと考えております。彼女は今、王族の一員となっています。彼女にとっても私達の後ろ盾は必要だと思いますし、慣れない場所で苦労している筈です。ですから、私達はそんな彼女を支える為に改めて家族として再出発をしたいと思っています」 「もしも子どもでもできれば、やはり実の親を頼りたいと思うのです。私も彼女に母親として色々な事を教え、支えたい。そう思っています」  すらすらと淀みなく話すその言葉をサンブラントは黙って聞いていた。しかし母親の言葉を最後に沈黙が訪れて眉間に皺を寄せる。 「以上か?」 「はい。私達の要求はそれだけでございます。彼女の支えとなるべく、除籍を取り下げて頂けませんでしょうか?」 「…却下だ」  震える声でサンブラントは呟いた。何をふざけたことを。その言葉が出そうになるのを必死に堪える。 「殿下」 「どうか…」  と、弱弱しい声で慈悲を求めた彼らに言った。 「お前達は今、何が行われているのか分かっているのか?」  怒りに震えながら、それでもサンブラントは冷静に言った。 「これは裁判だぞ。お前達の申し立てを通すべきか、覆面の傍聴人が判決を行う場所だ。その彼らに対してお前達はすべき事があるだろう。時系列に今まであったことを全て正直に話せ。お前達が何をしてきたのか。その結果彼女がどうなったのか。お前達の希望も感情も全部その後だ」 「…」  その言葉に両親は青ざめた。何も用意をしていない。弁護人を雇えない理由から、その準備が必要だという認識すら手に入れられなかった。ただ丸腰でここにやってきた。 「た、大変失礼しました。カスミラはええと…何年に生まれたんだ?」 「確か…あ、あの、娘は十七年前に、生まれまして…」  その時、傍聴席が僅かにざわめいた。その音にサンブラントは反応する。カスミラの同級生が間違いなく紛れ込んでいる。今の音を聞くに近い場所に固まっている。申し合わせて入ってきたのか。  この両親の息のかかった者もいるだろう。思っていた以上に不利だという事は理解した。その不平等にも怒りを覚える。彼女が何をしたというのか。どうして寄ってたかって彼女を? 「…十九年だ」  普通の声が出せなかった。それ程に怒りが大きくなって、サンブラントは必死にそれを抑えながら呟いた。 「え?」 「カスミラは俺と同い年だ。生まれたのは十九年前。学校を卒業して、その後誕生日も迎えているんだからそれくらい分かるだろう。娘の生まれた年すら分からないのか?」 「…あの、申し訳ございません…。間違えました…」 「…」  それでもサンブラントは我慢した。ここは冷静に話し合うべき場所だ。嘘も不平も許されない。権力も無意味だ。だからお互いに丸腰で話し合うしかない。  たとだとしくこれまでを語る両親に沸き起こる怒りを、サンブラントは拳を固く握り締めながら抑えた。  とはいえ、カスミラについて両親が語る事は多くなかった。初等学校、中等学校、そして最後の高等学校。入学も卒業もいつの事だか把握していない両親が説明したカスミラの経歴は以上だった。 「その他に付け加える事は?」 「…」 「…ございません…」  顔も上げずにそう言った二人を見て、正直に言えばため息の一つもつきたくなる。けれどそれも我慢した。傍聴人には自分の態度も見られている。それが判決に影響する事もある。気を付けなければ。 「では、こちらからいくつか質問をする。彼女との思い出は何かあるか?」 「…思い出…」  ええと…。と、その質問の意図を図りかねているのか、それとも何も思い付かないのか、両親は俯いたまま視線を泳がせた。 「何でも良い。娘のとの思い出を言ってみろ。いくらでも出てくるだろう」 「…や…夜会の時、着飾った娘は本当に綺麗で…サンブラント殿下もご存知だと思いますが、自慢の娘でございます」 「で…殿下はそんな娘を可愛がって下さっていたように思います。娘も楽しそうで…」 「…」  彼女を飾る必要のある時にだけ飾っていた事。そうとしか思えない発言しか出てこない。そして家族だけの思い出も無いという事が分かった。誕生日でも、どこかに出かけた事でも、彼女が嬉しかった事、悲しかった事、学校の思い出、ただ食事を一緒にした時の話でも良い。けれどそれ以上一つも出てこない。入学式の日、治めた怒りを思い出す。 「カスミラには十分に与えていたか?」 「…と、申しますと」 「分からないのなら具体的に質問をする。まずは学校に通うにあたり、必要なものは全て買い与えたか?」 「も、勿論でございます! そんな…」 「では、小遣いは?」 「…え? …あの、はい。…勿論…」 「どの位だ?」 「…あの、あの子が…必要とした時に…」 「では、別の質問だ。食事は家族でとっていたのか?」 「…いえ、あの子は帰りが遅かったので…その…あまり一緒には…」 「彼女にはどんな部屋を与えていた? 貴族令嬢として、例えば友人を招いても恥ずかしくない部屋を与えていたのか?」 「……あの…は…はい。…はい! 勿論です! 何故そんな事をお聞きになるんですか!? 親として当たり前の事です!」 「そうです! 殿下! あまりにも失礼ではありませんか!? まるで私達がカスミラを虐めて…虐待していたみたいではないですか! 心外です!」  顔を真っ赤にして両親は反論をした。確かに屈辱的な質問だっただろう。けれどそれならそうと答えれば済む話だ。 「必要だから聞いている。そこまで言うなら謝罪しよう。ただ、今の内に言っておく。この裁判は終わるまで誰も入れないし誰も出られない。だから今、ここでどの様な話がされているか外に伝える事はできない。それを踏まえての話だが、今すぐにお前たちの家に使いの者をやって今の質問を使用人に確認する事も、証人を連れてくる事もできる。それでも嘘偽りないと誓えるな?」 「! そんなの卑怯です!」 「私達の言葉を信じて下さらないのですか!?」 「何が卑怯なんだ? 裁判に証人が出てきて何がおかしい? お前達の言っている事が正しければ何も気にする事はないだろう。些細な違いを突く気はない。ただ裏付けを取りたいだけだ」 「…そ、そんな事が許されますか!? 使用人には見えないことだって沢山あるのに…」 「では、カスミラに付けていた使用人でも、お前たちの専属でも誰でも構わない。お前達が一番信用する使用人を連れてくるように手配する。それでどうだ?」 「…」  真っ青になって震えながら、両親は裁判官を見た。裁判官は頷き「サンブラント殿下の提案を許可します」と告げる。 「…ちょっと…お待ち下さい。私たち家族の事に他人を挟まないで下さい」 「では、一旦保留にして質問を続ける。カスミラに侍女はいたのか?」 「…いえ、あの子が不要と言ったので…」 「本当に、あの子が…」 「食事は同じ内容のものを出していたのか?」 「…」 「…」  これは使用人に確認されれば、絶対に本当の事がばれてしまう。それに気付いて両親の体は震えた。  まさかと思ったけれどここまでとは。サンブラントは息苦しくなるのを感じた。ここまでの事をされて、どうしてカスミラは耐え切れたんだろう。
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