覆面裁判2

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覆面裁判2

「…サンブラント殿下。不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません。私達がカスミラに辛く当たっていた事は認めます。だから私達は彼女に謝罪をして償いたいんです」 「は…はい。その通りです。あの子には本当に申し訳ない事をしました。でも、やはり可愛い自分の娘なんです。これから一緒に、今までの事を反省してやり直したいのです」  涙ながらにそう言う両親に傍聴人が反応する。人は間違えるものだ。そして、反省をしているのならやり直す機会を。その空気を感じる。 「そうか。では、もしもそちらの要求が通った場合、彼女が出戻ったとしても異論はないな?」 「…え?」 「そ…それは離婚させるという事ですか!?」 「その可能性もあるという、ただの確認だ。それでも謝罪をして娘を引き取り、これからは家族として過ごしていくんだな?」 「…そ、それはあまりにも…娘が不憫ではないですか…」 「そうだな。でも、それは本人達が決める事だ。もしかしたら彼女がそれを望むかもしれない。離婚して家族の元に戻りたいと。だとしても勿論それを受け入れるな?」 「…」 「…」  サンブラントの言葉に両親は言葉を失った。確かにその可能性はある。カスミラは、もしかしたら離婚するかもしれない。王族を守る為に。 「そ…そこまでは…」 「私達は娘の幸せが一番なのです。だから娘には…」 「だから、それは本人達に任せるしかないとさっきから言っているだろう。それでも良いかと聞いている。俺の質問に答えろ」 「…」 「…は…はい…」  そう答えざるを得ない。呟く様にそう答えた母親は、次の瞬間に泣き出した。 「い…いや。やっぱり嫌です。そんな。あの子が可哀想です。そんな事をさせないで下さい。私達はそんな事は望んでいません。だったら家族に戻れなくても時々会わせて頂ければ…」 「…うん、うん…」  と、隣で頷いた父親は、涙目になってこんな事を言う。 「サンブラント殿下。妻の言う通りです。カスミラにこれ以上可哀想な思いをさせないで下さい。私達はカスミラが幸せなのを見守られれば十分です」 「その申立ては受け入れない。もしもお前達がこの裁判で負ければ、この先カスミラには絶対に接触するな」 「そんな」 「それはあんまりです!」 「…いいか? 自分達のした事を思い出せ。お前達は無能力者のカスミラを疎ましく思い、辛く当たってきた。そうだな?」 「…それは、だから私達も…!」 「それは聞いていない。事実確認をしろ。そうだな?」 「…はい。けれど、殿下! 私達も辛い思いをしたんです! あの子のせいで私達まで周りの目が…」 「分かった。それは後で聞く。それでお前達はカスミラを除籍し、追い出した。そうだな?」 「…はい…」 「追い出したカスミラに何を持たせた? 当面の生活が困らない程度のものは持たせたか?」 「…」 「で…殿下はどうしてそのような事を確認されるのですか!? もしかしてカスミラが何か言っていたのですか!?」 「彼女は俺に何も言ってない。今日、裁判が行われている事すら知らない。信じられないのなら彼女をここに連れてくるか? お前達の顔を見てどんな顔をするか、お前達と同じ質問をして何て答えるか、それを確認しても構わないぞ。どうする?」  その言葉に両親は冷や汗を零しながら唇を噛んだ。そしてやがて小さく呟く。 「…いえ」 「…結構です」 「家を出る彼女に何を持たせた?」 「…自分で必要なものを鞄に詰めるように言いました…」 「金銭的なものは?」 「…何も…あの子が、持っていると思って…」 「それで? 身一つで放り投げた娘が最悪どうなるかも分からない訳ではないよな? それでも構う事のなかったお前達が、急にどうして家族に戻りたいなどと言い出すんだ? 一番困っている時に、何もできない幼い頃にずっと辛く当たってきたお前達が、今何も不自由なく過ごしている娘に何ができると?」 「…ですから、私達もあの時はどうかしていて…」 「ただのタイミングの話です。今気付いたから今からやり直したいという事がそんなにおかしいですか?」 「サンブラント殿下! 私達はずっと姉様のせいで辛い思いをしてきたんです! 少しくらいはそれを汲んで下さっても良いではないですか!」  唐突に新しい声が響いた。 「発言の際には挙手を」  裁判官が口を挟んでも、カスミラの弟は聞く耳を持たない。そのまま大声で訴え続けた。 「殿下。無能力者が家族にいるという事はとても辛い事なんです。外の目は冷たく、けれど家族には何もできません。その中の一度の間違いを許して頂くことがそんなに難しい事ですか!?」  何か言おうとした裁判官を手で制してサンブラントは言った。 「外の目が冷たいとは具体的にどういう事だ」 「あの家には無能力者がいると、後ろ指をさされ続けてきました! 僕は何も悪くないのに、学校でも非難の目に晒されています!」 「そ…そうです。この子の為にもカスミラを除籍する必要がありました。この子が辛い目にあうと思って…」 「でも、学校でカスミラが優秀な成績を残していたと知って、あの子の頑張りを知りました。私達はなんて馬鹿な事をしたのかと反省したのです!」 「…お前達に一つ、確認しておきたい事がある」  サンブラントは静かな声で言った。 「さっき、外の目が気になると言っていたな」 「はい」 「それで辛い目にあったと」 「はい」 「それはカスミラのせいだと言ったな」 「はい」 「カスミラがお前達に何をした?」 「…え?」  その質問に、三人は目を丸くした。 「カスミラがお前達に不快な事をしたか? カスミラは自分のせいで、自分が望んで無能力者になったと思っているのか?」 「…いえ…それは…」 「彼女は何もしてない。ただ、そういう体質で生まれただけだ。それを侮辱されて辛かったと言っていたが、お前達が嫌悪を向けるべきはカスミラではなく、そういう外の目だったんじゃないのか?」 「…」 「ただ生まれて、ただ生きて、ただ頑張ったカスミラを、周りもお前達もそれを見る事も無く蔑み続けた。その彼女を除籍して、都合が良くなったら戻したい? 正気か?」 「ですからそれに気付いたと…」 「いや、お前達は何も分かっていない」  静かな声でそう言って、サンブラントは弟に目を向けた。 「さっき、学校で非難されていると言ったな」 「は…はい」 「それは何故だ?」 「ね…姉様が除籍されて、酷い家族だと…ぼ、僕は関係無いのに! 親がしたことで、どうしてこんな目に遭わなければならないんですか!?」 「この子…っなんて事を」 「お前は親をなんだと…お前も喜んでいた癖に…!」 「煩い。黙れ」  言い争いを始めた三人にサンブラントは冷や水のような声で言った。 「家族喧嘩は家でしろ。今、何をしているのか分かっているのか?」 「…」 「…」 「…」 「学校で非難されていると言ったが、それは本当に家族が原因なのか?」 「…え?」 「あの学校はカスミラの件もあって、今までと大きく変わろうとしている。弟が入学するにあたり、混乱を招かないようにその辺りも教師陣は注視している筈だ。こちらからも配慮するよう通達してあるのに、そこで非難されている? 具体的にどんな事だ?」 「…姉様と比べられている気がします。優秀な姉様と比較された上に、その姉様を追い出したって…何も知らない癖に…」 「…優秀ね。無能力者の彼女が、どうしてそう思われるようになったか理解しているか?」 「それは姉様の出来が良かったから…それに、無能力者なのにという考えもあると思います」 「…」  頭が痛くなる。思わずため息を付いてサンブラントは頭を抱えた。そのまま、こんなことを言う。 「それは違う」 「え?」 「彼女は能力の感覚も使い方も分からない状態で必死に学んだ。それを、人に教えられるようになるくらいまで努力して身に付けた。きっと寝る間も惜しんで遊ぶ時間もなく、苦しい思いをして覚えた筈だ」  能力者でも専門外の力を理解することすら難しい状況で、カスミラのしたことは信じられないほど辛く苦しい事だったに違いない。それでも彼女は学び続けた。 「例え能力者だったとしてもできない程の努力を彼女はした。出来が良いとか無能力者だからという事は関係ない。そういうことを加味して最優秀生徒に選ばれたと考えなければ納得できないというのなら、つまり君自身が学校の事を馬鹿にしていると早く気付いた方が良い。評価する者を平等と思っていない者に正当な評価を受ける為の努力ができる訳がないからな」 「…で…でも、だっておかしいではないですか! 能力が無い者は認められないのが世界の常識です! それを、勉強を頑張っただけの姉様が超えられる訳がないのに!」 「違う。その考え方がそもそも間違っている。それを超えたから彼女は最優秀生徒に選ばれたんだ。何百人、何千人と生徒を見てきたであろう教師も認めざるを得ない結果を彼女は出した。それでも何らかの理由が無ければ納得できない君が、学校よりも姉の事を正当に評価できていると思うのか?」 「…」  それでもやはり弟は納得できない様子で唇を噛んでふてくされている。自分より無条件に劣る筈の姉が認められた事がどうしても許せない。 「では言い方を変える。君は俺に、立派な官僚になる、学校でしっかり学ぶと言っていたが成績はどうなんだ?」 「…え?」 「学校は勉強をするところだ。やる事をやっている人間が非難をされる謂われはない。君が必死で勉強をしていて、自分ではどうしようもない事で非難されているというなら教師に改善するように指示しよう。けれど、もしも勉強を疎かにしている事をカスミラと比較されているというなら話は別だ。それはカスミラでも家族のせいでもなく自分のせいという事が分からないか?」 「…」  青ざめて何の言葉も出なくなった息子の肩を抱いて母親が反論した。 「殿下。仰ることはご尤もかもしれませんが、子供に厳し過ぎませんか? 落ち着いて学ぶ環境ではないんです!」 「つまり勉強はしていないんだな? それは誰のせいだ?」 「だからカスミラと周りが…」 「それも違う」  低い声で言ったその言葉に母親は口を噤んだ。 「さっきから聞いていると、お前達は全て人のせいなんだな。カスミラを可愛がれないのはカスミラが無能力者のせい。家を追い出したのは周りのせい。勉強ができないのも環境が悪いから?」 「だってそうじゃないですか!」 「違う。カスミラを可愛がらなかったのはお前達。カスミラを追い出したのもお前達。勉強をしないのもお前達だ」 「…」 「環境が全て自分に優しくて当たり前か? 誰でも辛い事なんてあるに決まってる。そこでどう動くかでその後の人生も変わっていくんだ。カスミラは無能力者でも努力をした。周りの侮辱にも親が辛く当たることにも耐えた。お前達だったら同じ選択ができたか?」 「…殿下はカスミラの事を可愛がってらっしゃいましたものね。だったらそう見えるでしょうよ。大体、殿下がここに来るなんて不公平ではありませんか!? もっと公平な判断をできる人が来るべきでした! 一方に肩入れするなんて平等ではありません!」 「…とうとう俺のせいか」  ふ。と、サンブラントは笑った。
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