覆面裁判3

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覆面裁判3

「勘違いするなよ。俺はここにお前達を呼び出して説教しているんじゃない。お前達の求めに応じてここに来たんだ。それを不公平? どの口が言ってるんだ?」 「だって、そうじゃないですか! カスミラが可愛いからカスミラを庇って…」 「今まで俺の言ったことに嘘があったというなら続きを言え。無いなら黙れ」 「…っ」 「いいか? 俺はお前達と違って、何も嘘は言っていない。それの何が悪い? ここは嘘偽り無く状況を話し、お前達の要求を通すべきかを判断する場所だ。そこに感情を持ち込んでいるのはお前達の方だろう」 「だって、それは…」 「もう一つ事実を伝えておく。カスミラは俺に、お前達の不満を言う事は一度たりとも無かった。ちゃんと食っているか聞けば食べていると答えた。家族仲が悪いのかと聞けば、自分がこうだから仕方がないと答えた。周囲の侮辱に反論する事も愚痴一つこぼす事もなかった」 「…」 「そのカスミラにお前達は何をした? 挙げ句の果てにこんな裁判まで起こして、最後は全て他人のせい? それで情に訴えれば勝てると思ったか?」 「だから…それは悪かったと申し上げているではありませんか! カスミラに謝らせて下さい! 許して欲しいんです」 「駄目だ」 「殿下! あんまりです!」 「お前達はどこまで自分が可愛いんだ? 謝って気が済むのはお前達だけだ。カスミラは許しても許さなくても辛い思いをする。本当に詫びる気持ちがあるならこれ以上関わらないことが一番だと分からないのか?」 「そんな! カスミラがそう言ったんですか!?」 「言ってない。言わなければ分からないと思うか? 許しても今までのことが無くなる訳じゃない。許したくないとしても謝られた方は許さなければいけないかと迷う。周囲もお前達も謝ったのに許してくれないのかとまた非難するんだろう? どこまで自分勝手に振る舞えば気が済むんだ?」 「か…カスミラはすんなりと許してくれるかもしれないじゃないですか! あの子は親を恨むような子ではありません!」 「そうか? 今日この場で、お前達のした事は全て明るみに出た。決を採ればはっきりするだろう。この家族に謝罪をされてカスミラが喜ぶかどうか、第三者の目がどう判断するか確認するんだな」 「…」  だとすれば負けない。その余裕が母親の顔に映ったのを見てサンブラントは言った。 「もしもこの要求を通すべきと言う者がいれば、その者には素性を明かし、この場で意見を言って貰う。こんな事がまかり通ると思っているなら王族として見逃す訳にはいかない」 「え…殿下!? それは約束が違います! これは覆面裁判ですよ!?」  やっぱりか。と、サンブラントは誰にも聞こえない声で呟いた。ここまで不利な状況においても覆面裁判なら勝てると主張する根拠とその浅ましさに僅かな慈悲すら消え去る。今の発言が自分の首を絞めたとも分からない愚か者にはカスミラも世界も渡さない。 「この件だけに限らず、親の都合で子供の籍を抜き、親の都合で僅かな期間で戻すという実例ができてしまえば今後世の中に混乱を招く恐れがある。それを素性を晒す覚悟もない採決で認める訳にはいかない。ましてや今までの話し合いで俺や傍聴人が納得できる回答が一つでもあったか? それでもそうすべきと主張する者にはその根拠を示す責任があるのは当然だろう」 「だからと言って決まりを曲げるのは横暴です! 王族への配慮で本心を言えない覆面裁判なんて不公平ではないですか! 弱者は勝てるものも勝てません!」 「ということは今でも申し立てを通すべきとお前達は思っているんだな? この裁判は自分達が勝って当然だと?」 「勿論です! 私達は何も悪い事をしていません! でしたら言い方を変えます! 確かに殿下の仰った通り周りのせいにしていた事も認めますが、それまでは気付かなかったんです! それを反省してやり直す機会を下さっても宜しいではないですか!」  ふん…。と、その言葉にサンブラントは小さく呟いた。 「反省したと言ったな」 「言いました。本当に反省しています」 「では、これからどうすべきだと思う?」 「カスミラに謝罪をして償います。家族としてやり直したいんです!」 「カスミラの意志はどうする?」 「…え?」 「カスミラはそれを望むと思うか? 望まないとしたら反省したお前達はどうするべきだ?」 「…」 「殿下。カスミラの心が傷付いているというのなら、それを癒すべきは私達家族です。やはり家族でないとカスミラも本当に甘えられないと思うのです」  黙ってしまった母親の代わりに口を開いた父親の言葉に思わず苦笑してしまう。 「甘える? 自分を傷付けた相手に甘えられると思っているのか? それで傷が癒えるとでも?」 「血の繋がった家族だからこそできる事があります! 本当の家族として愛情を持って迎え入れればカスミラも喜び、癒される筈です! そうできるように私達も努力します!」 「本当の家族ね…」  どこまでも浅ましい。綺麗な言葉で取り繕っても自分は絶対に騙されない。 「これから本当の家族になると?」 「はい」 「今までは偽りの家族だったのか?」 「周りの目を気にするあまり、私達が愚かだったのです」 「そうか。では、それは何も変わっていないのに何故このタイミングなのか答えろ」 「…え?」  質問の意図を計りかねたような聞き返しに、サンブラントは誰にでも分かる様にもう一度質問を口にした。 「周囲の目は何も変わっていないのに、何故急にカスミラを本当の家族として迎えたいと思ったんだ? と聞いている」 「…それは…」  その質問に二人は沈黙する。この場を納得させる答えが出てこない。  考える時間を十分に与えて、やがてサンブラントが口を開いた。 「冒頭に言っていたな。王族になったカスミラを支えたいと。つまりカスミラが王族になったから家族に戻したいというのが本音か?」 「…!」  誘導尋問の様なサンブラントの言葉に両親の肩は震えた。けれどここまで外堀を固められた後では言い返す言葉がない。沈黙を持って肯定と判断されるまでの時間を待って、サンブラントは再び口を開いた。 「その理由でお前達の申し立てを通すべきと判断する事がまともだと思うか? 覆面裁判だからって汚い手が通じると思ったら大間違いだぞ」  終始サンブラントは冷静だった。対してここでも感情的に振る舞ったのは彼女だけ。それがいかに愚かな行動だったか、この後すぐにそこにいた全員が知ることになる。 「汚い手とは何ですか!? 殿下こそ、王族だからって何でも思い通りになると思わないで下さい! 裁判は裁判です! ちゃんと法に則って進めるべきです! 裁判官! こんな事がまかり通る筈がありませんよね!?」  金切り声で叫んだ母親の言葉を最後にその場は沈黙した。そして、一斉に視線の集まった裁判官は申立人と王族を見てから静かにこう宣言する。 「サンブラント殿下の提案を許可します」 「裁判官!? ちょっと…不当だわ! こんなの不当裁判よ!! 絶対に許さないわ! 出るところに出ますから覚悟して下さい! サンブラント殿下は恐怖政治を行うと国民に伝えます! 裁判官も不公平だと、全て真実を皆に知らせます!」 「静粛に」  そこに、強く静かな声が響いた。一瞬で場が静まり、発狂していた母親ですら目を丸くして彼を見上げる。裁判官は申立人、王族、傍聴人、全ての人間一人一人と目を合わせてから母親に視線を戻し、こう言った。 「この覆面裁判には『著しく不当な判決をした者は素性を明かす事』という決まりがあります。今の流れから、申し立てを通すべきという意見はそれに当たると判断されます。また、殿下の仰った通り、これが認められれば今後の混乱は免れません。それでも申し立てを通すべきという判断をするなら、きちんとこの場を納得させる意見を言うべきです」  沈黙の中に落ち着いた声が響いた。 「素性が知れないから安易に判断してもいいという理解はそもそも間違っています。元々この裁判は、申立人と王族に対して身分の垣根の無い判決をする為のもの。申し立てを通すにしても通さないにしても、その判断をした理由は持っていて然るべきです。真剣に主張するのなら私も殿下も歓迎します。この意見に反論ありますか?」 「…」 「これは覆面裁判で裁くには余りに重い内容です。しかしこれを望んだのは申立人であり、この件に関してはもう裁判を起こせないことは承知の上での申し立てという事も改めて理解しておいて下さい」  しん…。と、再び沈黙が訪れた。やがて静かな声が響き渡る。 「おい。何か言う事があれば今の内に言え」 「…」 「傍聴人に訴えるなら最後だぞ。これで終わりで良いのか?」 「…」  かくん、と、首が折れるように母親は頷いた。それを見て裁判官が宣言する。 「決を採ります。申し立てを通すべきと判断した傍聴人は覆面を取り、起立して下さい」  …しん…。としたまま、そこには何の物音も起きなかった。
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