デートしよう

1/1

56人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ

デートしよう

 その後。何も知らないガーベラとこっそりとピースをしたサンブラントが帰り、体と頭はどうしようもなく重いものの心配事が綺麗に消え去った後の事。 「せ、先生? 大丈夫ですか?」  本当に限界。荷解きもせずに寝る準備だけして必死に眠気と戦っていた自分にカスミラが言う。その顔を見たら更に眠気が加速して。 「駄目」  と、一言だけ返事をしてカスミラの手を引っ張った。そして少し強引にベッドに引きずり込む。本当に無理。倒れそうだ。 「え、え、え?」  と、おろおろした様子のカスミラの声にとどめを刺された。カスミラの腰にしがみ付く。もうこれで、本当に全部終わった。何も気にしなくていいし心配もしなくていい。安心も疲れも寝不足も、カスミラの声も何もかもが意識を連れていく。 「…」  そして眠ってしまったレンデストを見てちょっと驚いた顔をしたカスミラは、やがてレンデストの髪を撫でて笑った。  ずっとそのまま眠っていたらしい。と、同じ体勢で目を覚まして気が付いた。まだ眠い。けれど体が回復しているのは感じる。このままもう一度眠るべきか、それとも起きるべきか。というか今何時だ? そう思いながらカスミラを抱く腕に力を入れたら小さな悲鳴が聞こえてきた。けれど眩しさに耐えきれずにそのままレンデストは呟く。 「カスミラ?」 「は…はい」 「起こした?」 「…もう、起きてました…」  そう言いながらカスミラが髪を撫でてくれる。そんな事をされると色々と思う事があってもう少し目が覚める。 「今何時?」 「…十時過ぎですね」 「昨日、何時に寝たっけ?」 「九時前には…」  という事は十三時間は眠ったのか。十分な気もするけれど、やっぱりまだ眠い。気が緩んだんだろうか。思えば学校に残ろうと思った日から、こんなにも気が抜ける日は一日も無かった気がする。何も憂う事が無いってなんて心地良いんだろう。もういっそ、一日このまま過ごしたい。けど。 「カスミラ」 「はい」 「もう少ししたら起きるから」 「…はい…」  心配したのかもしれない。ほんの少しだけ躊躇った様子の声でそう言ったカスミラは、まるで眠らせようとするようにずっと優しく髪を撫でてくれる。答えるように彼女の腰を撫でて言った。 「デートしよう」  そう言ったらカスミラの手も体もほんの僅かに強張った。 「あら。起きたの。あなた一体何時まで寝ているの? 戻ってきたと思ったらこんなに寝坊して、おまけにカスミラちゃん道連れにして朝御飯も食べさせないなんて最低よ。本当にどういう教育受けているのかしら。親の顔が見てみたいわ。全く…え? 出掛ける? あなた連絡もせずに一週間不在にしてやっと戻ってきたと思ったら今度はどこに行くつもり? まさか仕事じゃないでしょうね。仕事でも許さないけど、あなたの都合ならもっと許さないわよ。ええ、そうね。どちらにしてももう許せないわ。あなた自分がしてること分かってるの? ふらふら出掛けるより前にやる事があるでしょう。いい加減夫としての努めを果たさないと本当にカスミラちゃんに嫌われるわよ。言っておくけれど、そうなったら出ていくのはカスミラちゃんじゃなくてあなたですからね。そこまで分かっていて出掛けるのね? お母さん、本気だからね! 本当に許さないからね! …二人? 二人って誰。いえ、もう誰でも良いわよ。またふらっと出て行って帰ってこないなら一緒よ一緒! どこの誰だか知らないけれど、その人にも言っておきなさい! 自分には奥さんがいるんだから気軽に誘ってくるんじゃないって! 大体あなたも何で断らない訳? 仕事のし過ぎでどうかしてるんじゃないの? 仕事ができたって人としてちゃんとしてなければカスミラちゃんの夫でいる資格なんか無いわよ! その歳になってそんな事も分からないなんて恥ずかしくないの!? ……は? ……カスミラちゃん?? …カスミラちゃんが何……え? 二人ってカスミラちゃんと? って事? カスミラちゃんと出掛けるの? 二人で? 何で? どこ行くの? …ん? 決まってない? 決まってないけど出掛けるの? 急に? 何それ。え? どういうこと? カスミラちゃんと二人で特に用事もなく出掛けるって事? 何で? あなたそんな事したことないじゃな…あ!? あらやだっ! デート!? もしかしてデート!? これはデートね!? デートに行くのね!? 良いじゃない良いじゃない! 良いわよ! それなら良いわよ! 良かったわねカスミラちゃん!! 本当に本当に良かったわね!! いってらっしゃーい!! ちょっと見直したわ。気を付けてね!!」 「おはよう」「ちょっと出掛けるから」「二人で」「カスミラと」「決めてない」の言葉に返ってきた言葉が上記である。本当に思い込みもさることながらマシンガントークに磨きがかかってきた。うんざり。因みに隣と後ろで父親とロメリアも何も言わなかったけれど母親と同じタイミングで同じ表情をしていた。何なんだ。一体。カスミラは隣でおろおろからの赤面である。何というか疲れる。逃げるように家を出て、二人で歩き始めてから一度だけ大きなため息をついた。  どうしたんだろう。急に。そう思いながらもにやけそうになる顔を必死に隠した。今日はお休みなんだろうか。昨日、大分お疲れだったみたいだけど大丈夫なのかな。行先は決まっていないと言っていたけれど何か目的はあるんだろうか。そう思っていたらレンデストの声が聞こえてくる。 「カスミラ」 「は、はい」  驚いて慌てて返事をすると、申し訳なさそうにレンデストが言う。 「ごめんね」 「え?」  何がでしょうか。何かありましたか? そう聞こうと思ったらレンデストの声が聞こえてきた。 「朝食間に合わなくて」 「…」  その言葉に黙って首を振る。本当はもっと、ゆっくり休んで欲しかった。先生は大丈夫なんですか? そう思いながら見上げていたらその返事に安心したのか、笑って彼が言う。 「昼食には少し早いけど、まずは何か食べに行こうか」  それから食事をして、二人で町を歩いた。色々な店を見て回る。特に目的はなさそうだ。本当に純粋なデートらしい。嬉しいし安心した。  この町にはこんなにお店があったんだ…。  学生時代にもレンデストと食事をしに町に来たことはあるけれど、ゆっくりと見て回った事はない。この前の収穫祭の時は普段の町ではなかったし、こうして初めてこの町をちゃんと見ている気がする。隣にレンデストがいてくれるから安心する。見たいものをゆっくりと見せて貰って楽しい時間を過ごした。 「カスミラ、本当に何も要らないの?」  しばらくして歩きながらレンデストが言う。可愛い小物、本、美味しそうなお菓子。色々なものを見たけれど何も購入していない。 「はい」  特に必要なものは無い。もう十分に満たされている。それに、今は仕事も手伝っていないのに今日の食事も生活も、ずっと面倒を見て貰っているレンデストに何か返したいくらいなのに。そう思っていた気持ちがもしかして透けて見えたのかもしれない。 「母さんがさ」 「? はい」 「家の仕事手伝ってくれているって言っていたけど、本当?」 「あ…は…い、いえ、いえ。あの、お手伝いと言うか、色々と教えて貰っています。ブーケの作り方とか、お花の活け方とか。お花がいっぱいで凄く楽しいです」  楽しそうにそう言ったカスミラにレンデストはため息をつく。 「カスミラがあんまりに一生懸命作業してくれるから、給料出すべきかって本気で悩んでいるみたいなんだけど」 「きゅ?」  お給料? その言葉を聞いて、カスミラは慌てて首を横に振った。自分のしている事は楽しみであって、お金をもらう様なことじゃない。むしろ邪魔をしているのではないかと気にしているのに。 「そんな。あの」 「でも、カスミラが楽しくてやっているなら逆に気を使わせるから止めろって言っておいた」  前を向いてそう言ったレンデストの横顔を見てカスミラは言葉を失う。そして、迷惑をかけていたのかとちょっと悩んだ。そのカスミラを見て、レンデストはこんな事も言う。 「だから、その給料分の贅沢位しても良いんじゃない?」 「え?」 「本当に不要なら無理する事は無いけれど、もしも欲しいものがあるなら言って。手ぶらで帰ったら、また母さんに何か言われそうだし」  というか、間違いなく言われるし。まぁ、それはそれで良いし、カスミラも無理をする必要は無いんだけど。 「それ以前に、カスミラは俺の奥さんなんだから遠慮する事ないんだよ。ガーベラも言っていたけど、これからは幸せにならなきゃいけないんだから。それを俺以外の奴とか自力でされても困るし。もう少し気楽に甘えてよ」 「…」  その言葉にカスミラは明らかに赤面した。それを俯いて隠して、そのまま小さく頷いた。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加