嵐が来て帰りました

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嵐が来て帰りました

 時は少し遡り、レンデストとカスミラがデートに出かけた後の事。 「あの子ったら、やーーっとカスミラちゃんをデートに連れて行ったわねー。全く。長かったわー」  やれやれ。と、ソファにふんぞり返って満足気に母親が呟く。 「本当に奥手にも程があるよなぁー」  と、父親も楽しそうに笑う。その横で、カスミラの準備を終えて送り出した事を伝えに来たロメリアもにこにこしていた。…が、ふと思い出したように呟く。 「あの…? でも、カスミラ様は外に出て大丈夫なのでしょうか…」  レンデストが仕事仕事で家に居着かず、寂しい思いをしていたカスミラを思うがあまり、カスミラを外に出さないようにしていた理由を完全に失念していた三人。顔を見合わせて沈黙した。 「…あら? そうね」 「そう言えばそうだな…」  それだけで会話が止まる。誰も安心材料を口にできない事に、急に心配になってきた。本当に何の準備もせずにふらっと出掛けてしまったけれど? 「ま…まぁ…あの子がいれば大丈夫でしょ。何だかんだ、気を付ける子だから」 「う、うん…。多分、大丈夫だから連れて行ったんだろうしなぁー」  さっきまで散々ぼろくそ言っていたのに、結局頼るところはそこしかない。自信はなさげだが、それでも息子なら大丈夫だろうと思う気持ちをロメリアも理解した。 「そ…そうですね。レンデスト様が一緒にいらっしゃれば問題ないとは思います。不要な事を言ってしまい申し訳ございません」 「…」 「…」  そうは言っても不穏な空気は薄まらない。父親と母親は怪訝そうな、不安そうな、複雑な表情で暫く見つめ合っていた。  その沈黙の中にノックの音が響く。三人で目を丸くしてドアを見るとそこが開き、使用人が一人手紙を持って入ってきた。 「うー」  あー。本当にやり切った、俺ー。と、サンブラントはソファに座ったまま伸びをした。勝利から一夜。ぐっすりと休んで体の緊張も取れ、快晴の日光にも気分が良い。 「ご機嫌ですね。サンブラント殿下」  と、嬉しそうな声が聞こえてくる。ガーベラだ。今日は花嫁修業も無いけれど、会いに来て欲しいとお願いしていた。自分も一日何の予定も無いから、自分にしては珍しい感情だけれども癒して欲しい。そして話を聞いて喜んで欲しい。素直にそう思う。それ位頑張った。誰かの為に動けたから余計にそう思うのかもしれない。 「ガーベラ」  と、手を広げると、少し驚いた表情をしたガーベラが隣に来て寄り添ってくれる。嬉しそうに。その表情に満足した。 「どうしたんですか? 何か良い事ありました?」 「ん」  外にいれば友人の様な掛け合いをする二人も、二人きりでいれば恋人だ。こうして友人以上に触れあう事も徐々に増えた。それに裁判の前に張り詰めていた自分の事を分からないままでも理解してくれていたのか、そっとしておいてくれたし気遣う様な優しい言葉をかけてもくれた。彼女の存在は心強くて大きい。そういう関係になれた事も感謝している。 「実はさ…」  と、彼女の肩を撫でながら口を開いた。その微睡の様な穏やかな時間がこの直後、いきなり破壊されるとは知らずに。 「ちょっと!! サンブラント!! どこにいるのー!!??」 「!?」  びくう!  痙攣して顔を見合わせると、二人で慌てて立ち上がった。するとそのタイミングで扉が開いて見覚えのある顔が飛び込んでくる。…三人。 「いたー!!」 「…え?」  と、引き攣って聞き返したサンブラントに、レンデストの母親は手に持った手紙を見せながら叫んだ。 「あなたこれ、一体どういう事!? 説明しなさい!!」 「…」  珍しくガーベラに対する挨拶も省略して叫んだ母親に、ガーベラも目を丸くしている。そして母親の持っていた手紙を確認してサンブラントは気まずそうに呟いた。 「…レンデストは?」 「あの子は出てったわよ!」 「出て行った?」 「カスミラ様と外出されました」  目を丸くして聞き返すと、ロメリアがもどかしそうに補足してくれる。こんな無駄なやり取りを見ていられないのだろう。 「カスミラと?」  あの二人は早速外に出たらしい。その行動だけで喜んでいる事が伝わってくる。それだけ待ち望んだ自由だ。そうか。そうだよな。  …うーん。  それを聞いても、ちょっとだけ躊躇った。自分だって勝利をガーベラと噛み締めたかったのに。けれどこの三人をレンデストが戻るまで待たせるのも、レンデストに当たり散らされるのも酷か。てか、無理。 「そんな事どうでもいいからさっさと説明しなさい! 裁判て一体どういう事!?」 「…裁判?」  横からガーベラの怪訝そうな声が聞こえてくる。一度だけ彼女の顔を見てからサンブラントは口を開いた。 「えー…と、何だ? これ読めば分かると思うんだけど…ここに書いてある通り、カスミラの両親が覆面裁判を起こした。カスミラとの親子関係を取り戻したいって」 「…」 「…」 「…」  三人は分かっていた筈なのに絶句する。 「え? ど、どういう事ですか? 裁判? ふ? 覆面裁判て何ですか?」  青ざめたガーベラに、覆面裁判の概略を簡単に説明する。その話を聞くガーベラが更に青ざめた。 「何て事を…」 「それで、王族側からは俺が出たんだけど」 「え!? あなたが出たの!?」  ガーベラに説明していた言葉を拾い、母親が叫ぶ。 「お前、なんて危ない事を…」  父親も青ざめてサンブラントに詰め寄った。 「あなた、こんなところで経歴に傷がついたらどうするつもりだったの!」 「お前はこれから国王になるんだぞ!?」 「…レンデストも全く同じ事言っていたけど、勝てるとしたら俺しかいなかったんだから引く訳ないだろ。こんな事で二人の人生滅茶苦茶にされてたまるかよ。それでも頑なに受け入れなかったから、俺が国王になる時にはカスミラみたいな人間が報われない世界にするつもりはないから、ここで俺の主張が通らなければ結果は一緒だって言って黙らせた。それでレンデストを一週間視察に行かせて追い払った。あいつ、珍しく顔に出そうだったから」 「…」 「…」  それで息子が一度も帰宅することなく長期視察に行った理由を知った。 「昨日の裁判で、主張された全ての事を突っぱねた。危ない橋は渡ったけど、結局申立てを通すべきという意見は一人もいなかった。だからカスミラへの一切の接触を禁じた。ほんの少しの慈悲も与えなかった」  厳しい口調で話すサンブラントの言葉を四人、微動だにせずに聞いた。 「あいつらは何も変わってなかった。だからもしも俺以外が出て、ほんの僅かでもあいつらの要求を認めればカスミラもレンデストも今まで通りには生活できなかった筈だ。それを救った俺の事、もう少し認めてくれても良いんじゃないの?」  ああ、もう。こんな女々しいことを言いたくなかったのに。と、サンブラントは大きなため息をつく。 「今後この件に関しては再度裁判を起こす事もできないし、いずれ裁判の詳細が公開されれば裏から手を回すこともできなくなる。これでやっと完全に執着が切れたんだ。もう心配しなくていいんだよ」  厳しかった口調は、やがて優しくなる。サンブラントの言葉に暫く沈黙していた二人は、やがて何かを言いかけた。その弾みで母親がよろけたのを父親が支える。 「…じゃあ…」  自分の母親と同じくらいの歳の女性の目から涙が零れ落ちる。昨日の偽りの涙とは違う。何て綺麗なんだろう。そう思いながらサンブラントは母親の言葉を受け取る。 「あの子、自由になったのね?」 「うん」 「もう、本当に安全なのね?」 「うん」  はっきりとした肯定を受け取り、父親に支えられて母親は静かに泣いた。その後ろでロメリアもぼろぼろと涙を零して泣いている。 「サンブラント殿下…」  と、隣のガーベラの声が聞こえてきた。見ると彼女も泣いている。その肩を抱き寄せて、よしよしと頭を撫でた。泣かせたくなかったのに。ただ喜んで欲しかったのに。そう思いながらため息をついて、サンブラントは無計画に呟いた。 「そもそもこれを読めば分かっただろ? わざわざ来なくても良いのに」  その一言が火に油を注いだらしい。きっ! と顔を上げると母親が叫ぶ。 「分かる訳ないでしょう!? 申し立ての内容と『勝訴』の一言で何が分かるって言うのよ!!」 「う…。まぁ…」  そうか。と、改めて簡潔な書面を見て頷く。事前に全てを把握しているであろう一族だけに発送される第一報。それを今回は自分が周知させなかったから混乱させたのも当然か。自分は全てを知っていたから何も疑問に思わなかったけれど。勝訴にも色々あるしな。 「まさか裁判が行われていたなんて! 全身血の気が引いたわよ! あなたそれでよく、昨日しれっと家に来れたわね!!」 「完全勝利したからね」 「!! サンブラント殿下! もしかしてっ」  その言葉にガーベラが涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。 「あたしの恥ずかしいオセロの話、それで…」 「そうだよ。レンデストにはこっそり教えてやらなきゃならなかったしな」 「殿下の馬鹿ー!!」 「あなた達って本当に、本当にいい加減にしなさいよ!? どれだけ心配させれば気が済むの!?」 「結果良ければ全て良しでしょ。それに心配させないように隠してたんだからさ」 「後で話を聞いたこっちの心労も考えなさいよ!!」 「レンデストの心労はそんなもんじゃなかったと思うよー? おまけに絶対に一週間じゃ帰ってこれない仕事を押し付けたのに昨日帰ってきたし。本当に一睡もしてないんじゃないの? 労ってやってよ」 「冗談じゃないわ!!」  何故か支えてくれていた父親の手を振り払い、仁王立ちした母親が叫ぶ。 「カスミラちゃんに寂しい思いさせて、暢気に仕事なんかしていたあの子のどこを労うって言うのよ! ふざけるのもいい加減にしなさい!!」  ぷりぷり! と、肩を揺らして母親は部屋から出て行った。その後を二人が慌てて追っていく。もー、本当に素直じゃない。
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