ご褒美を下さい

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ご褒美を下さい

「馬鹿。馬鹿。殿下の馬鹿馬鹿」  ぽかぽか。それを見送っていた自分の胸を叩いてガーベラが抗議している。あーあ。と、小さくため息をついた。何でこうなった。 「怒ってんの?」 「怒ってます」 「何で?」 「…」  そう聞いたらガーベラは止まった。どうやら母親よりは素直らしい。 「俺、結構頑張ったんだけど」 「…」 「褒めてもくれない訳?」 「…」  ぐぬぬ。と、多分唇を噛み締めているガーベラの手が震えている。けれど、やがてその口を開いた。 「おつ」  おつつつ。と、言い淀んでガーベラはやっと一言を口にする。 「お疲れ様、でした」 「それだけ?」 「…本当に、良かったです」 「それから?」 「それだけですっ」  からかうサンブラントに赤面してガーベラは言い返す。本当に性格が悪いんだから。 「あたしにこれ以上の事はできませんっ」  よく頑張ったね。なんて、殿下に向かって言える筈がない。他にして上げられる事も無い。それが分っているのにこれ以上を望むなんて。意地悪! 「嘘だー」  そう言ってサンブラントはガーベラの唇を指で撫でた。はっとして彼を見上げるとサンブラントが笑う。 「ご褒美位くれても良いんじゃないの?」 「…」  は? え? と、呟いたガーベラは、次の瞬間真っ赤になった。  実は、二人はキスもまだしていない。サンブラントが手を出さなかったこともあるし、婚約者同然と言っても正式なものではなかったし、きっと二人ともレンデストとカスミラの事に緊張感を持っていたせいもある。だからそれをガーベラが望むことも無かった。ただ、彼の側にいられれば幸せだと思っていた。それなのに? 「なな? 何? ですか?」 「何って?」 「ごご、ごごご、ご褒美、なんて」  うぐ。げほげほ。と、ガーベラは咽た。そして、はー、はー。と咽たからだけではない息切れを胸に手を当てて整える。そのガーベラを見てサンブラントは尚も笑う。 「できるだろ?」  これ。と、もう一度ガーベラの唇を撫でた。その感触に、ガーベラの息が一瞬止まる。 「何っ。何? が? 何の事ですか?」 「じゃあはっきり言うけどキスして」 「ぎゃー!」  完全に遅れたものの、ガーベラは耳を塞いで叫んだ。その手を掴んでガーベラの耳に言葉を放り込む。 「それ位してくれても良いと思うんだけど」 「ちょっ。殿下! ふざけないで…」 「ふざけてないけど」 「…」  あわわわ。と、手を掴まれたままガーベラは言葉を失う。そしてサンブラントの胸におでこを押し付けて、顔を見られないようにしながら呟いた。 「む、無理、です。無理」 「何で? 俺の事好きなのに?」 「こ、心の準備が」 「じゃあ、準備できるまで待ってる」 「準備なんてできません!」 「何だそりゃ」  心底呆れた様子のサンブラントに、ガーベラは泣きながら抗議した。 「酷いです。殿下。本当に、ひど…」 「何が酷いんだよ」 「だって、こ、告白の時も、皆の前でっ。あんな…っ」 「今誰もいないじゃん」 「そうじゃないですー!!」  本当にデリカシーがない。 「からかわないで下さい!」 「本気だけど」 「ひぃーっ!」  それはそれで無理! 「したくないって事?」 「ちがっ」 「じゃあ、してくれても良いじゃん」  その言葉に愕然とした。本気で言っているのだろうか。この人は。 「何であたしから!? で、殿下がしてくれれば良いじゃないですかっ」 「へー」  ふーん。そうなんだ。と、サンブラントの声が聞こえてくる。 「されるのは良いんだ?」 「…」 「して欲しい?」 「…」  この人は。  本当に。  もぉぉー!  無言で手を振り払おうとしたら笑い声が聞こえてくる。 「流石に本気で怒った?」 「怒りました!」 「そっかー。でもさ。ガーベラ?」  手を放してぎゅっとガーベラを抱き締めてサンブラントは言った。 「俺、本っ当に頑張ったんだけど」 「…」 「あの二人の事が落ち着くまで、お前に手を出すのも我慢してたんだけど」 「…」  その言葉に、ガーベラの肩が震えだす。 「そこまで頑張った俺に、ご褒美位くれても良くない?」  サンブラントのこんな態度、見た事がない。誰にも頼らない強い彼が自分に甘えてくれている。 「で…でも…」  泣きそうな声でガーベラは呟く。 「あたし、し、し、た、事、無いので…」  できません。と、首を横に振る。 「俺もしたことないけど簡単だって」  平気平気。大丈夫。と、サンブラントのお気楽な声が返ってくる。本当にこの人は。本当に。 「でん…」  と、呼びかけた言葉は途中で切られた。そして唇を離したサンブラントが笑う。 「な? 簡単だろ?」 「…」 「ほら。やってみ」 「…」  本当に、デリカシーが。 「ほら」  と、あとほんの僅かに顎を上げれば唇に触れるくらいまで近付いてサンブラントが囁く。 「キスしてよ。ガーベラ」  出会った日を思い出す。彼はこんな特別な立場にも関わらず、自分の様な平民に気さくに話しかけてくれた。優しくて真っ直ぐで、考え方も性格も本当は大好き。カスミラの事だけでなく、自分の事も気にかけて守っていてくれた事を本当は知ってる。そんな彼と同じ方を向いて一緒に大切な人を守ることができて幸せだった。  その彼は、今自分だけを見てる。その理由が幾つも伝わってくる。吸い寄せられるように目を閉じて上を向いた。
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