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一番幸せな人
『源氏物語』には、たくさんの女君が登場しますが、どなたが一番幸せな人だと思われますか?
紫の上でしょうか、それとも光る君が本当に唯一の愛を傾けた藤壺の中宮でしょうか。
色んな意見、好みがあるのかもしれません。
『幸せとはなにか?』という考え方によっても、別れてくるのでしょう。
物語の作者として、どの女君にもそれぞれの思い入れはありますが、
『幸せ』だったのは、“末摘花”だと私は思っています。
意外に思う方が多いかもしれません。
光る君にとっては、末摘花は大勢いる女君の1人でさえなく、勢いで関わってしまった以上、自分以外の者には到底無理だからと、仕方なくお世話する事になった人でしかなかったでしょう。
でも、末摘花にとっては、まさに光る君は待ち焦がれた運命の人。
ですから、光る君が都落ちして隠棲している時も、少しも疑うことなく、
ひたすらお出でを待ち続けたのです。
お付きの侍女でさえ、“もう、お出でになることなどない”と諦め、ひとりふたりと去って、屋敷が荒れ果てようとも末摘花は微塵も光る君を疑いません。
京に戻ってもすっかり末摘花のことなど忘れていた光る君が、
なぜか見覚えのある屋敷だが、誰の屋敷だ?
随分荒れ果てて、人など住んではいまい、
と思いながらも、草をかき分け屋敷の中に入っていき、末摘花を見つけた時
光る君は、驚くと同時に嬉しかったに違いないと思うのです。
京に居る時は、もてはやし、取り巻いていた人々は、都落ちした途端、
手のひらを返すように皆去って行きました。
人の心など移ろいやすいものだと、
淋しく、人を信じることができなくなっていたことでしょう。
それなのに、末摘花は微塵も疑わず待っていたのです。
これほど人を信じることができる末摘花は、幸せな人だと思うのです。
光る君も女君としてではなく、信頼できる“友人(?)”として、屋敷に引き取りお世話していきます。
女君として愛することはなかったかもしれませんが、光る君は、心の何処かで、自分を決して裏切らない人として心の支えとしていたのではないでしょうか。
光る君と末摘花。美しい恋物語ではないけれど、このふたりもある意味互いを欠かすことが出来ない“運命のふたり”と言えないでしょうか。
そして、源典侍と近江の君。
読む人はふたりを、「笑われ役」、
重苦しい物語の中での息抜き的な話、人物と思っていることでしょう。
でも、私の真意は違うのです。
末摘花もそうですが、源典侍も近江の君も“周りにどう思われようが、我が道を進んで”います。
自分の心に嘘をつかずにいられる。
これほど幸せなことがありましょうか。
(人に迷惑をかけてはいけませんが、
この3人は“笑われる”“蔑まれる”事はあっても、迷惑をかけません。)
女は、色んな事に縛られ自由に生きることが難しいのは今も昔もあるいは、未来も余り変わりないのかもしれません。
この、「笑われ役」の3人は、ほんとうは、この様に生きてみたいという
私を含め女の本音かもしれません。
ところで、清少納言が宮中から去った後のことは、私はわかりません。
再婚して夫と共に任地に下ったとも、
落ちぶれ果てて、野垂れ死にしたとも
聞きますが、ほんとうのことは分かりません。
尊敬し敬愛する主君を失った後は、
未練を残さず宮中を去った潔さ。
女房としての地位にしがみ付く術は
なにかしらあったでしょう。
それでも、
「定子様のいない宮中など、何の魅力も未練もない」と宮中を去った彼女もまた、自分の心に正直に生きた人なのでしょう。
そして、私自身はどうかと言えば、
思い通りに、心のままに生きられず
周りを気にしてしまう、普通の凡人なのです。
それでも、目を瞑るその日まで、あの浮舟のように、迷いながらも自分の道を諦めずに探していこうと思います。
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