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「ここまで来れば何でも揃うから」
母は、独り暮らしとなる僕を心配している。キャリーケースを見に行くからとショッピングモールへと連れ出された。このモールを訪れたのは数年ぶりだけど、様々なショップが入っていて活気がある。
必要なものは全部、ネットで済ませるつもりだったけど、リアル店舗も悪くない。
母は鞄屋にて、購入すべきかどうか迷いに迷っていたから、僕は抜け出し、モールの中央にある広場へと足を向けた。
小さな噴水があり、公園のような空間がある。子供づれの親子、買い物に付き合わされて疲労困憊した人達が小休止をとる大事な場所なのだけど、今日は違った。
志願兵募集のキャンペーン? テントが設けられ、ビラを配る人たちがいる。
通り過ぎる男性にビラが手渡されている。
ドリンクを片手に、僕は広場の一番端にあるベンチに腰を下ろした。
今思えばさっさと移動すればよいのに、僕は、ビラを配る人達の姿をぼんやり見ていた。
片手を挙げてやんわりと拒否される。颯爽と歩かれて無視される。一応、受け取ってくれるも、その後のお話は拒否される。そんな感じ。
今、ビラを受け取ったのは、僕と同い年ぐらいか。足が止まった。ここぞとばかりに話しかけ、モノにしようとしている。
僕は隅っこのベンチで目立たぬように、隠れるように休んでいたけど、目ざとい勧誘者は見逃さない。二人が僕の前に立った。スキンヘッドと、もう一人は白髪交じり。40代後半から50代か。志願兵募集のビラを手渡された。
「少しいいかな?」
イエスともノーとも、僕は言わずにビラに目をやった。勇ましい言葉が並んでいる。
「今、我が国は存亡の危機にあり・・」
って、スキンヘッドの男が語り始めた。
僕は耳の集音装置が機能しないように、他のことに思いを巡らす。
だって、男の言葉は侵攻された日から溢れてて、もう聞き飽きてた。
だって僕は、あの家でずっと過ごしていたいだけ。
家賃の収入で、僕と母の暮らしはなんとかるはず。
僕の望みはそれだけだ。
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