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僕は避難民に認定された。緊急避難所に指定された官舎の一室をあてがわれている。
他人事のようだった戦争が、気づいたら、隣にあった。
観戦者だったのに、急に舞台が裾まで広がって、僕は悲劇の大衆役の1人。
「とりあえず叔母さんの所へ行きなさい」
簡易ベッドに横たわり、スマホを眺めている僕に、叔父が確定事項であるかのように言った。
「え?」
「落ち着いたら、君は国外へ行きなさい」
「は?」
「姉さんには、話した。大丈夫、資金協力はする」
「ちょ、ちょっと待って」
僕の知らない所で、話がいつの間にかに進んでいるのか。心配して貰えるのは、ありがたい。けど僕の人生だから、僕が決めないといけないわけで。
「もう家は駄目だ。この街にいる意味はない」
「・・・そうだけど」
「ここだって、いつまでも居させてくれるわけじゃなさそうだ」
ベッドとテーブルと椅子だけの殺風景な部屋を眺めながら、叔父に尋ねた。
「・・・戦争はいつ終わるの?」
うーん、と眉をひそめて、叔父は僕をじっと見つめた。
「難しい質問だが・・・私は10年かかると思う」
「そんなに?」
「損害が酷すぎて、互いに停戦を許さない。皆が、うんざりするまで10年かかる」
膨れ上がった怒り、悲しみ、憎悪は内に向けさせるわけにはいかない。どこの国だって、偉い人達はいつだって、それは外に向けて発散させる。
「家は建て直せる?」
いちばん大事な問題だ。僕にとって、これが全てだ。
「終結すれば、復興費で、建て直せるのではないかと思う」
「本当?」
「でも、その終わりが、いつやって来るのかがわからない」
今日まで、数え切れないほど開催された戦争は、どうやって終わった?
「だからね、国外で学ぶか、働くべきだ。その方が君の未来は明るくなる。この国にいるべきじゃない」
昔、新大陸へ渡った人は、希望に溢れてたのかな。それとも、故国に絶望して仕方なく?
「いや、僕は・・・軍に入るよ」
「は?」
「兵士になる」
「何をバカなことを言ってる?」
何年前? 中東から逃れてくる人達を僕はTVで見てた。まさか自分がこんな目にあうともしらず。
「いや・・バカじゃないでしょ。皆、褒めてくれた」
「映画の見過ぎ。ゲームのし過ぎだ」
「いや・・よく考えたし」
未来を信じて、国を離れる決断をして、なけなしのお金を払って、やっと乗れたボートが海に沈んでいく時、何を思った?
「毎日、誰か死んでる。ポーション飲んで復活なんてない」
「わかってます」
明るい未来ってなんだろう?
「うまく言えないけど、感情、憎しみっていうのかな。今、すごく感じる」
「そりゃあ、家をぶっ壊されたんだ。憎くて当然、怒っていい。でも、武器を君が持つことはない。外から支援すべきだ」
あの部屋で、母と暮らしていけたら、それは明るい未来だったのか?
「友達と上手くいかなくて、ずっと悩んでた。ずっと自分が悪いと思ってた」
叔父は、僕が何を言っているのか理解できないようで、困惑した顔をしてるけど、黙って聞いてくれていた。
「壊れた家をみて、思ったんだ。これは、自分のせいじゃないって。自分は悪くないって」
自分の力では、どうにもならないことってある。
そんなことに対しては、逃げていい。戦ってもいい。眺めてたっていい。
ただ、それは自分自身で決めたいよね。後悔しないためにもね。
「知らない人と、どうして戦えるのかわからなかった。でも、今なら、殺せる。殺しても許される気がする」
「・・・冷静になりなさい」
「よく考えたから」
「君は悪くない。いつだって、君が悪かったわけじゃない」
「うーん、それはどうかな?」
「話を聞いてあげられなくて、悪かった。もっと、話すべきだった」
「・・叔父さんは病気で大変だったから」
「今からでもちゃんと話そう。軍に入ることは反対だ」
「・・・・」
「国外で働いて、優秀な人材になる方が、よっぽど国の役に立つ」
「いや・・・僕は、そういうタイプではないから」
「兵士になるタイプでもないだろう?」
こんな風に、朝まで、叔父と嚙み合わない話をずっとしたんだ。
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