![c7971a70-28fb-44be-b382-6fac1b99d7ec](https://img.estar.jp/public/user_upload/c7971a70-28fb-44be-b382-6fac1b99d7ec.jpg?width=800&format=jpg)
英慈は事務所のドアを閉めて出ていった。
萌は英慈を追いかけた。
萌「あの…飯島先生!」
英慈「…!」
英慈は萌に声をかけられて内心驚いていた。
萌「ちょっと待っててください」
…と、言って、事務所に戻り、紙袋を手にして戻ってきた。
萌「あの、これ。
受け取ってください。この間のお詫びです。
…あの、腰の具合は大丈夫ですか?」
英慈「ああ。大丈夫だよ。気にしなくていいよ」
英慈は紙袋を受け取って、言った。
英慈「あ、これ、あの有名なスィーツの店パティスリー・ピエールだよね。
俺、ここのプリン大好きなんだ」
萌「ああ、よかった!
これ、プリンなんです」
英慈は、昔、七海とパティスリー・ピエールのプリンを食べたことを思い出した。
あの…なつかしくも甘い…今となっては物悲しい思い出を…。
ズキン!
胸が傷んだ。
英慈「俺がこれ好きだって、だれかに聞いたの?」
萌「いえ。ただ私も好きだったから。飯島先生もお好きでよかったです」
英慈は少しの間、沈黙した。
英慈「…………。
あ…あのさ…
……今夜、もしよかったら…その…
飯でもどう?
俺と…」
萌「ええっ?!!」
萌は素っ頓狂な声を出した。
思いがけない誘いに目をまん丸くした。
英慈「そんなに驚かなくても…」
英慈は久しぶりに女の子を食事に誘ったので、気恥ずかしかった。
萌「あの…プリンのお礼なら、そんな…食事なんて結構ですから。
そんなたいしたものじゃないですし。
それに、これはこの間ケガさせたお詫びですから」
英慈(もしかして、かわされた?)
英慈は戸惑った。
英慈「いや…そんな…。
プリンのお礼とかじゃなくて…。
あっ、…ほらっ、俺も、たまには、仕事絡みとかじゃなくて、なんというか…その…
気楽に誰かと、食事したいというか…だな。
久しぶりに…だれかと楽しく…さ」
英慈はシドロモドロだった。
萌が予想外の返事をしたのだから。
一方、萌は英慈から目をそらし、下を向いた。
そして、萌は大好きなおばあちゃんの言葉を思い出した。
萌を大切に育ててくれたおばあちゃんの言葉を。
「綺麗な男はダメよ。萌ちゃん」
「かっこいい男とつきあってはダメ!」
「不幸になるから」
「誘いに乗ってはダメ!」
「絶対にロクな事にならないから」
「だって、おまえのお母さんは…」
萌のおばあちゃんは、萌が小さいときから何万回と萌に言い聞かせてきたのだ。
萌にとっての呪縛だった。
……萌は、ハッとした。
萌(危ない!危ない!
これは、一緒に食事に行ってはいけない男だ!)
…と、萌は我に返った。
萌「…私、あの…その…忙しくて…
食事はちょっと…
行けません…。
…ごめんなさい」
英慈(えっ?うそだろっ…?
断られたの?俺…)
英慈はいままで女の子に誘いを断られたことは一度もなかった。
だから、余計にここで簡単に引き下がりたくはなかった。
英慈の心に火がついた。
英慈「なにか用事でもあるの?
用事があるなら、別の日にしようか」
萌(べ、別の日?!
そうきましたか!)
萌「…よ、用事はないですけど……」
英慈は萌の瞳を真正面からジッと見つめた。
英慈はすぐに承諾してくれるものだと思っていた。
英慈(なんでOK出さないんだよ?!)
だから、思った。
ここで勝負をかけよう…と。
優しい目で萌を見つめた。
英慈「用事がないのに、どうして?」
英慈はどうしても萌とゆっくり話がしたかった。
萌のことをもっと知りたかった。
さらに、一歩歩みよって、顔を萌にグッと近づけた。
萌の瞳の奥を見つめた。
もう一度言った。
英慈「どうして…?」
萌は答えない。
いや、答えられない。
萌(ち、近いっ!近すぎるっ!!
なんて綺麗な顔立ちなの!!
こんな美形な顔の人、今まで生きてきてリアルで見たことがないよ!
まるで王子様みたいだわ。
そんなに近くで見つめないで。
美形すぎて、息ができないよぉ!)
(おばあちゃん、助けて!!)
萌は目を丸くした。
萌の顔が赤くなった。
英慈は手を伸ばし、萌の髪についていたゴミをとってあげた。
萌「あっ」
萌はドキドキした。
萌は、英慈に髪の毛を触られて体が熱くなった。
英慈「どうしても無理?」
萌は、英慈の熱視線に耐えられなくなり、視線をそらした。
ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ…!
心臓の鼓動が高なった。
萌はこの誘いにのってしまったら、何かが始まってしまう気がした。
とてつもない恋の嵐が…
起きてしまいそうな予感がした。
萌は心をかき乱されたくなかった。
心は常に平静を保っておきたかった。
(私は、将来、法曹界で働くんだから、心は冷静でありたい。常に!)
これが萌の信条だった。
(燃えるような恋はしたくないの。そんなのは邪道なの。私には)
(おばあちゃんの言いつけを守りたい!)
(心はいつも春のようにポカポカと穏やかな気持ちでいたいの。
夏の嵐ではなく)
(だから、こんな美形の人と関わりたくないの。
関わったら、きっとロクなことにならないわ。
おばあちゃんが言ってたように)
(それに、私は恋はしない!…って、そう誓ったんだもの!しばらくの間は)
(そうだよね?萌。
揺らいだらダメだよ。萌!
断らなきゃダメだよ!
わかった?萌!)
萌は葛藤していた。
萌は決めた。
そして、毅然として言った。
萌「……私、5月に司法試験があるから勉強してるんです。
だから、毎晩忙しくて…。
ちょっと食事は無理です。
だから…ごめんなさい。
先生…」
萌は、英慈のイケメンの魔力をなんとか解こうとした。
かっこいい英慈の瞳に見つめられたら最後…冷静な判断ができなくってしまう。
あのときのキスがフラッシュバックしていた。
自動的に。
再生されてしまう。
あの衝撃による激しいキスが…
萌は体育館での、あの出来事を早く頭の中から消し去ってしまいたかった。
そして、なによりも試験勉強の追い込みに集中したかった。
今が何より大切な時期なのだから。
一方、英慈はそう簡単に諦めたくなかった。
なかなかO.K.してくれない萌にシビレをきらした。
だから、別の作戦に打って出た。
英慈「………。
そうか…勉強か…」
英慈「ああ、イタタタタ…!
なんか、ギックリ腰かな。
急に腰が痛くなってきた。
い、痛いなー!!」
萌「えっ、大丈夫ですか?!
まさか、あのときの?!
だって、大丈夫だって言ったじゃないですか!!」
英慈「だ、大丈夫じゃなかったんだよっ!これがっ!!
痛ったいなー!!あー痛い!!
ギ、ギックリ腰はあとからくるんだよ!
あっ、急に肩も痛くなってきた…!
腕も痛いー!!
…お詫びはプリンじゃ足りないなー!!」
英慈は派手に痛がった。
下手な演技だった。
萌はしつこくくいさがってくる英慈に、呆れた。
萌(な、なに?!この人!しつこい!
もー!めんどくさい!
でも…でも…なんか、かわいい…)
萌はなぜか英慈を可愛らしく思ってしまい、クスッと笑った。
結局、萌は抗うのを諦めた。
萌「あー、もぉ!わかりましたよっ!!
行きますよ!行きます!
お食事をご一緒します!
お詫びにっ!!」
英慈は、心の中で「やった!」とガッツポーズをした!
英慈(なかなか手強かったな!)
英慈「オッケー!
じゃあ、今夜、7時に並木通り交差点の光友銀行の前で待ちあわせ…な!」
萌「あ、あの…飯島先生…」
英慈「何?」
萌は何か言いたげだった。
萌「…飯島先生、あの…その…驚かないでくださいね。食事のとき」
英慈「何を?」
萌「……秘密です」
英慈「なんだろう?
…なんだか楽しみだな」
英慈は、急にシャキッとして、スタスタと階段を降りていった。
萌(もう!腰なんか痛くないじゃない!!)
…と、萌は心の中でつぶやいた。
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