第4話 デートの約束

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第4話 デートの約束

c7971a70-28fb-44be-b382-6fac1b99d7ec 英慈は事務所のドアを閉めて出ていった。 萌は英慈を追いかけた。 萌「あの…飯島先生!」 英慈「…!」 英慈は萌に声をかけられて内心驚いていた。 萌「ちょっと待っててください」 …と、言って、事務所に戻り、紙袋を手にして戻ってきた。 萌「あの、これ。 受け取ってください。この間のお詫びです。 …あの、腰の具合は大丈夫ですか?」 英慈「ああ。大丈夫だよ。気にしなくていいよ」 英慈は紙袋を受け取って、言った。 英慈「あ、これ、あの有名なスィーツの店パティスリー・ピエールだよね。 俺、ここのプリン大好きなんだ」 萌「ああ、よかった! これ、プリンなんです」 英慈は、昔、七海とパティスリー・ピエールのプリンを食べたことを思い出した。 あの…なつかしくも甘い…今となっては物悲しい思い出を…。 ズキン! 胸が傷んだ。 英慈「俺がこれ好きだって、だれかに聞いたの?」 萌「いえ。ただ私も好きだったから。飯島先生もお好きでよかったです」 英慈は少しの間、沈黙した。 英慈「…………。 あ…あのさ… ……今夜、もしよかったら…その… 飯でもどう? 俺と…」 萌「ええっ?!!」 萌は素っ頓狂な声を出した。 思いがけない誘いに目をまん丸くした。 英慈「そんなに驚かなくても…」 英慈は久しぶりに女の子を食事に誘ったので、気恥ずかしかった。 萌「あの…プリンのお礼なら、そんな…食事なんて結構ですから。 そんなたいしたものじゃないですし。 それに、これはこの間ケガさせたお詫びですから」 英慈(もしかして、かわされた?) 英慈は戸惑った。 英慈「いや…そんな…。 プリンのお礼とかじゃなくて…。 あっ、…ほらっ、俺も、たまには、仕事絡みとかじゃなくて、なんというか…その… 気楽に誰かと、食事したいというか…だな。 久しぶりに…だれかと楽しく…さ」 英慈はシドロモドロだった。 萌が予想外の返事をしたのだから。 一方、萌は英慈から目をそらし、下を向いた。 そして、萌は大好きなおばあちゃんの言葉を思い出した。 萌を大切に育ててくれたおばあちゃんの言葉を。 「綺麗な男はダメよ。萌ちゃん」 「かっこいい男とつきあってはダメ!」 「不幸になるから」 「誘いに乗ってはダメ!」 「絶対にロクな事にならないから」 「だって、おまえのお母さんは…」 萌のおばあちゃんは、萌が小さいときから何万回と萌に言い聞かせてきたのだ。 萌にとっての呪縛だった。 ……萌は、ハッとした。 萌(危ない!危ない! これは、一緒に食事に行ってはいけない男だ!) …と、萌は我に返った。 萌「…私、あの…その…忙しくて… 食事はちょっと… 行けません…。 …ごめんなさい」 英慈(えっ?うそだろっ…? 断られたの?俺…) 英慈はいままで女の子に誘いを断られたことは一度もなかった。 だから、余計にここで簡単に引き下がりたくはなかった。 英慈の心に火がついた。 英慈「なにか用事でもあるの? 用事があるなら、別の日にしようか」 萌(べ、別の日?! そうきましたか!) 萌「…よ、用事はないですけど……」 英慈は萌の瞳を真正面からジッと見つめた。 英慈はすぐに承諾してくれるものだと思っていた。 英慈(なんでOK出さないんだよ?!) だから、思った。 ここで勝負をかけよう…と。 優しい目で萌を見つめた。 英慈「用事がないのに、どうして?」 英慈はどうしても萌とゆっくり話がしたかった。 萌のことをもっと知りたかった。 さらに、一歩歩みよって、顔を萌にグッと近づけた。 萌の瞳の奥を見つめた。 もう一度言った。 英慈「どうして…?」 萌は答えない。 いや、答えられない。 萌(ち、近いっ!近すぎるっ!! なんて綺麗な顔立ちなの!! こんな美形な顔の人、今まで生きてきてリアルで見たことがないよ! まるで王子様みたいだわ。 そんなに近くで見つめないで。 美形すぎて、息ができないよぉ!) (おばあちゃん、助けて!!) 萌は目を丸くした。 萌の顔が赤くなった。 英慈は手を伸ばし、萌の髪についていたゴミをとってあげた。 萌「あっ」 萌はドキドキした。 萌は、英慈に髪の毛を触られて体が熱くなった。 英慈「どうしても無理?」 萌は、英慈の熱視線に耐えられなくなり、視線をそらした。 ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ、ドキッ…! 心臓の鼓動が高なった。 萌はこの誘いにのってしまったら、何かが始まってしまう気がした。 とてつもない恋の嵐が… 起きてしまいそうな予感がした。 萌は心をかき乱されたくなかった。 心は常に平静を保っておきたかった。 (私は、将来、法曹界で働くんだから、心は冷静でありたい。常に!) これが萌の信条だった。 (燃えるような恋はしたくないの。そんなのは邪道なの。私には) (おばあちゃんの言いつけを守りたい!) (心はいつも春のようにポカポカと穏やかな気持ちでいたいの。 夏の嵐ではなく) (だから、こんな美形の人と関わりたくないの。 関わったら、きっとロクなことにならないわ。 おばあちゃんが言ってたように) (それに、私は恋はしない!…って、そう誓ったんだもの!しばらくの間は) (そうだよね?萌。 揺らいだらダメだよ。萌! 断らなきゃダメだよ! わかった?萌!) 萌は葛藤していた。 萌は決めた。 そして、毅然として言った。 萌「……私、5月に司法試験があるから勉強してるんです。 だから、毎晩忙しくて…。 ちょっと食事は無理です。 だから…ごめんなさい。 先生…」 萌は、英慈のイケメンの魔力をなんとか解こうとした。 かっこいい英慈の瞳に見つめられたら最後…冷静な判断ができなくってしまう。 あのときのキスがフラッシュバックしていた。 自動的に。 再生されてしまう。 あの衝撃による激しいキスが… 萌は体育館での、あの出来事を早く頭の中から消し去ってしまいたかった。 そして、なによりも試験勉強の追い込みに集中したかった。 今が何より大切な時期なのだから。 一方、英慈はそう簡単に諦めたくなかった。 なかなかO.K.してくれない萌にシビレをきらした。 だから、別の作戦に打って出た。 英慈「………。 そうか…勉強か…」 英慈「ああ、イタタタタ…! なんか、ギックリ腰かな。 急に腰が痛くなってきた。 い、痛いなー!!」 萌「えっ、大丈夫ですか?! まさか、あのときの?! だって、大丈夫だって言ったじゃないですか!!」 英慈「だ、大丈夫じゃなかったんだよっ!これがっ!! 痛ったいなー!!あー痛い!! ギ、ギックリ腰はあとからくるんだよ! あっ、急に肩も痛くなってきた…! 腕も痛いー!! …お詫びはプリンじゃ足りないなー!!」 英慈は派手に痛がった。 下手な演技だった。 萌はしつこくくいさがってくる英慈に、呆れた。 萌(な、なに?!この人!しつこい! もー!めんどくさい! でも…でも…なんか、かわいい…) 萌はなぜか英慈を可愛らしく思ってしまい、クスッと笑った。 結局、萌は抗うのを諦めた。 萌「あー、もぉ!わかりましたよっ!! 行きますよ!行きます! お食事をご一緒します! お詫びにっ!!」 英慈は、心の中で「やった!」とガッツポーズをした! 英慈(なかなか手強かったな!) 英慈「オッケー! じゃあ、今夜、7時に並木通り交差点の光友銀行の前で待ちあわせ…な!」 萌「あ、あの…飯島先生…」 英慈「何?」 萌は何か言いたげだった。 萌「…飯島先生、あの…その…驚かないでくださいね。食事のとき」 英慈「何を?」 萌「……秘密です」 英慈「なんだろう? …なんだか楽しみだな」 英慈は、急にシャキッとして、スタスタと階段を降りていった。 萌(もう!腰なんか痛くないじゃない!!) …と、萌は心の中でつぶやいた。
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