第5話 萌の秘密

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第5話 萌の秘密

e1b06b88-b841-4ad2-8b30-1e6cfd072093 萌は事務所でボーッと、英慈のことを考えていた。 英慈がニコッと笑った顔を思い出すと、萌は胸が高鳴った。 それはまるでイケメン俳優が無差別級に一般人を魅了するのに似ていた。 萌は英慈に惹かれている気持ちを認めたくなかった。 萌は、午後6時30分過ぎに事務所を出た。 待ち合わせ場所に向かっていた。 萌は歩きながら、いろいろ考えていた。 (飯島先生には、終始一貫、毅然とした態度をとろう!) (さっさと食事をして帰ろう。 面倒くさいことにはなりたくないから) 萌は疑心暗鬼になって、いろいろ考えまくっていた。 だいたいなんで、こんなイケメン俳優みたいなハイスペックな男性が自分を食事に誘ったのだろう…と。 (いったいどういうつもりなの?) (ただ単に、若い子と食事したいだけなのかもよ。 …ていうか、あわよくば、私をもて遊ぶつもり…?! そうはいかないんだからっ!) (でも…まさか、本当に私を気に入っているなんて…ことはないよね? それは考えすぎ! きっとお堅い議員生活だから、若い女の子と気楽に食事したいだけだよ) 萌は、もし万が一英慈が自分を気に入っているのなら、なんとかして嫌われよう…と思っていた。 だから、萌はある作戦を練っていた。 (まあ、私と食事をしたら、たいていの男はドン引きするから、そんな心配はいらないか…) (そうよ。素の私を見れば、きっとあきれる。 今までもそうだったし。 だから、気楽にいこう) 7時前に光友銀行の前に着くと、すでに英慈は待っていた。 英慈は約180cmあるので、遠目でも目立っていた。 美形で長身の男がスラリと立っている。 道行く女性が思わず目を止めて見ている。 トレンチコートを見事に着こなしている。 立っているだけで絵になる。 まるで英慈は、雑誌から抜け出たモデルのようだった。 (素敵だわ…。 まるで王子様みたい…) 萌は英慈に見惚れていた。 萌は男性と外で食事するのは、久しぶりだった。  それだけでも緊張する。 (こんなにも美形の議員さんと食事することになるなんて…) 萌は戸惑っていた。 萌「ごめんなさい。飯島先生… 待ちました?」 英慈「いや、俺も今来たところ」 萌「どこに行くんですか?」 英慈「もう予約してあるんだ。」 萌「えっ、本当ですか…。 私、そんなに高くないところがいいです」 英慈「大丈夫、大丈夫!ついてきて」 萌は、英慈のさりげない気遣いや言い方に心惹かれた。 目上の者には敬意を示し、目下の者にも、けっして横柄な態度をとらない。 誰に対しても、丁寧に優しく接している。 気取らない態度にも好感がもてた。 英慈と接してみると、自然に警戒心がなくなった。 こういう人だから、市民に受け入れられ、地盤もないのに議員になれたんだろうな…と、萌は思った。 さっきまでの疑心暗鬼な気持ちがどこかに吹き飛んでしまっていた。 萌は、あるハンバーグとステーキの高級専門店に連れていかれた。 「グリル・イシカワ」 隠れた名店だ。 萌(…うわぁ!このお店…って!) 萌の目は輝いた。 二人は席についた。 萌「私、前からこのお店に来てみたかったんです!」 萌は興奮していた。 萌「でも、敷居が高くて。 一人では絶対に入れないから。 だから、今日は来れて本当にうれしいです!」 英慈はその言葉を聞けて、嬉しかった。 英慈「俺、ハンバーグが大好きでさ。すごく美味しいんだぜ、ここのハンバーグ! 君にも食べてほしくてさ」 ドキッ! 萌は、君にも食べてほしい…という言葉が嬉しかった。 その一方、萌は、あんまり高いと困るな…とも思っていた。 英慈「もう頼んであるんだ」 萌「飯島先生、準備がいい…」 英慈「飲み物を注文しなくちゃね」 英慈はウェイターを呼んだ。 英慈「僕は赤ワインを。 萌ちゃんは飲めるの?」 (萌ちゃんって言われた…) 萌はポッとなった。 萌「私、飲めないんです。ウーロン茶ありますか」 ウェイター「はい。ございます」 萌「じゃあ、ウーロン茶をお願いします」 ウェイター「はい。かしこまりました」 英慈「じゃあ、事前に予約した、季節のおまかせコースを二人分、よろしく頼む」 ウェイター「かしこまりました。 ライスとパンはどちらになさいますか?」 英慈「僕はパンで」 萌「私はライスを」 英慈は堂々としていて、店員とのやり取りもスマートだった。 一通り注文が終わり、ウェイターが去った。 (カッコいい…。なんか大人の男性って感じ…) (ダメッ!もうボーッとちゃってる!気をつけなきゃ!) すぐに赤ワインとウーロン茶が来た。 英慈「乾杯しようか」 萌「はい…」 英慈「じゃあ、萌ちゃんとのはじめての食事に…乾杯!」 萌「乾杯…」 英慈と萌は、グラスをカチン…と合わせた。 なんとも言えないロマンチックなムードだった。 英慈はデートに慣れている。 段取りがよくて、まったくスキがなかった。 英慈「そうだ。萌ちゃん、外で『先生』はやめてくれる? みんな聞いてるからね」 萌「そうですよね。すみません。 では、なんてお呼びすればいいですか」 英慈「まあ、そうだな。名前で… 英慈…とか…」 英慈は少し照れて言った。 萌はキョトンとした。 萌「な、何言ってるんですかっ。 それはできません! 言えませんよ。いくらなんでも。 じゃあ、飯島さん…でいいですか。 『飯島さん』と呼ばせてください」 英慈はちょっとガッカリした。 できれば名前で呼んでほしかった。 英慈「ああ、いいよ。『飯島さん』で」 萌「じゃあ、飯島さん」  そう呼ばれ、英慈は嬉しくなりニコっと笑った。 ドキン…! (ああ…なんて素敵な笑顔!) 英慈の笑顔は萌をときめかせた。 (こ、これは、まるでデートだ!) 今更ながら、萌は自分の置かれている状況に気づいた。 こんな素敵な人とこんな素敵な店で、二人きりで食事するなんて、たぶん、もう一生ないだろう…と、萌は思った。 (もう、これは一つの記念として楽しもう。記念として…) しかし、英慈の顔を見ると、どうしてもときめいてしまう。  (イケメンの力って、すごいな…) 萌はウーロン茶をゴクリと飲んだ。 (こんなふうにときめいてしまう女性は、きっと数えきれないくらいいたんだろうな…) (いかん、いかん! 私は、この人に心惹かれないようにしなくちゃ! 心をかき乱されるのはゴメンだ!) 萌は気持ちを引き締めた。 料理が運ばれてきた。 豪華なハンバーグのコース料理だった。 季節の前菜の数々、サラダ、スープ、ハンバーグ、ライスがズラリと並んだ。 萌「うわっ、なんて豪華なコース料理! おいしそうっ!」 英慈はニッコリ微笑んだ。 英慈「どうぞ召しあがれ」 萌「いただきます!」 萌は髪をゴムでたばねた。 英慈はそのしぐさにドキっとした。 萌はハンバーグをフォークとナイフで切り分け、パクッと食べた。 萌「ん~!おいしい〜!!思ったとおりですっ!」 英慈「だろ? ここのハンバーグは最高級なんだ。 A5ランクの和牛を使ってるんだよ」 萌「A5ランクの和牛?! すごいっ!私、こんなおいしいハンバーグ食べたことないですっ!」 英慈は、萌が喜んで食べているのを見て、嬉しくて微笑んだ。 萌はいつも通りパクパク食べた。 ゆっくり食べようと思ったが、そのおいしさに耐えきれなくなり、10分くらいで全部の料理をペロリと平らげてしまった。 英慈はあ然として、目を見開いた。 英慈(た、食べるの…早いな!) これは、まだまだ序の口だった。 萌「飯島さん、おかわりしてもいいですか。 私、自分で食べた分は自分で払いますから。 私、お勘定のことは気にせず、最初から割り勘で、ご飯は気がねなく食べたいんです。 昨日、お給料も入りましたしねっ!」 英慈は、この申し出にかなりビックリした。 デートのとき、自分にこんなにハッキリとお勘定のことをいう女の子はいなかったから。 英慈「あ、ああ…」 萌「すみません。店員さん。 もう一人前追加できますか? あと、ライスは大盛りにできますか?」 ウェイター「はい。ご用意できます」 萌「それと、お勘定は別々にしてください。店員さん」 ウェイターと英慈は、顔を見合わせた。 ウェイター「……。 はい、かしこまりました」 英慈は思わず、目を見開いてしまった。 英慈は、デートのときに、最初からお勘定のことを言うことや、おかわりしてモリモリ食べるなんてありえない…と、ただただ驚いていた。 すぐに、追加が来た。 萌はハンバーグを実においしそうにパクパク食べた。 ライスの一口も大きかった。 萌(う〜ん…幸せ♡ おいしすぎるぅ〜♡♡) 萌は自分の世界に入り、幸せそうにモリモリ食べた。 おいしいものに目がない…これが萌の弱点だった。 萌は最高級のハンバーグの美味さにドップリとハマり、デートしていることなんかスッカリ忘れてしまっていた。 英慈は呆気にとられていた。 萌「あー。箸がほしいな。 フォークだと食べにくい」 英慈はウェイターを呼んだ。 英慈「すみません、お箸を持ってこれる? それと、また追加お願いできますか。ライスは大盛りで」 萌「えっ、どうして…」  英慈「だって、たりなさそうだぞ。 そうだな。だいたい15分後くらいに。 持ってこれる?」 ウェイター「かしこまりました」 英慈「店員さんとは顔なじみなんだ。 常連だからさ。俺」 案の定、萌は2回目のおかわりをすぐにペロリと平らげてしまった。 食べ終わるとすぐに3回目のおかわりがきた。 萌はハンバーグを箸で割った。 また、白めしとハンバーグを箸で交互にどんどん口の中に放り込んだ。 萌(う〜ん♡幸せすぎるぅ〜♡♡) 英慈はモリモリ食べる萌を、ずっとあ然として見ていた。 そのうち、笑いがこらえられなくなった。 英慈「いや〜、すごいな!! アハハハハ!! ご、ごめん!! こんなに楽しい食事ははじめてだよ!!いや〜!すごいっ!! 衝撃的だなっ!!」 英慈「クックックックッ! アハハハハ!」 萌(やっぱりね!こうなると思った!) 英慈「これだったのか!秘密って! 内心、何なんだろうな~って、楽しみにしてたんだぜ! いや〜!驚いたな!アハハハハッ!」   英慈は、無遠慮に思いっきり笑っていた。   英慈「大食いかぁ~! アハハハハ…クックックッ……!」 恥ずかしかった。 周りのお客さんも英慈の笑い声に驚いて、こっちを見ている。 客層が上質だから、チラッと見るくらいで、萌はそんなに嫌じゃなかったけれども。 萌「飯島さん、そんなに笑わないでください! みんな見てますから! まあ…別に…いいですけど。 慣れてますから」 萌は気にしないで、モグモグと食べていた。 英慈「いったいどれくらい食べられるの?」 英慈は、ワインをゆっくりと楽しんでいたので、まだ料理を半分も食べてなかった。 萌「だいたい、5人前くらいですかね」 英慈はすかさず、ウェイターを呼んだ。 英慈「すいません。 この子が食べ終わる頃に、あと2人分をいっぺんに持ってきてもらえる? 面倒だから、一つの皿に盛りつけて」 ウェイター「はい。かしこまりました」 萌「えっ!」 (どうしよう! 飯島さん、ドンドン注文しちゃって! そんなにお金持ってきてないよ。 もう、いいや! カードで払おう。  おばあちゃんに、今月はピンチって、泣きつこうか…) 英慈「萌ちゃん、ごはんの一口が大きいね。 最初はびっくりしたけど、食べ方がすごくキレイだよ。 ずっと見ていたくなるな。 なんか萌ちゃんが思いっきり食べてるの見てると、こっちも幸せな気分になるよ」 萌は、英慈の発言を意外に思った。 萌「……大食いを褒められるなんて、はじめてです。 男の子の前で大食いを見せちゃうと、たいてい変な目で見られて、ドン引きされますからね。 飯島さんみたいに大笑いした人もいましたし」 英慈「ホントごめん! 傷つけてたら、ごめんな! 気持ちいい食べっぷりで、俺は好きだな。 特に、お米をおいしそうに食べるところが」 萌「私、お米大好きなんです! 実家が栃木の米農家だから、お米はいっぱいあるんです。 うちでとれるお米は日本一おいしいんですよ! おじいちゃんに『萌はたくさん食べるから、売るお米がなくなっちゃう』って、冗談でよく言われました」 追加分がきた。 二人前のハンバーグが一皿にドーンと乗っていた。 ライスもてんこ盛りだった。 英慈(すごい量だな!) また笑いが込み上げてきた。 英慈「クックックッ…」 萌「…! おかしいですか?」 萌はムッとした。 英慈はその怒った顔が可愛くて、またクックッ…と笑った。 英慈「あ、いや…ごめん…! つ、つい… クックックッ…!」 英慈は笑うのをこらえた。 英慈「クックッ…。  い…家では、お米はいつも何合くらい炊くの?」 英慈に笑われているのを知りつつも、萌は平気な顔でモリモリ食べながら答えた。 萌はまったく気にしない。 萌「朝は2合ですね。炊飯器は2台あります」  英慈「事務所で、昼めしはどうしてるの?」 萌「お昼は、お弁当で5人分くらい持っていってます。 もちろん、自分で作って。 毎日のことだし、買うとかなりお金かかっちゃうから」 英慈「それにしてもこんなに食べるのに、スマートだよね。 太らないの?」 萌「ホント、この体質、死んだ母に感謝です。 母も大食いで、すごく痩せてたって」 英慈「……そうなんだ。 お母さん、亡くなったの?」 萌は、「あ、しまった!」…と思った。 口を滑らせてしまった。  萌(まあ、いいか。飯島先生と食事するのは、これで最初で最後だし) 萌「母は私が3つの時に亡くなって。 父はもともといなくて。 私、おじいちゃんとおばあちゃんに育ててもらったんです」 英慈「………。 そうなんだ…。 じゃあ、自慢の孫娘だね。 早稲田卒で弁護士志望の才女。 それにチャーミングで可愛いよ」 食べる手が止まった。 萌は急に褒められて、照れて何も言えなくなってしまった…。
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