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腹を割ろう
この数日様子がおかしかったリコが、今日の宿に着いて部屋に落ち着いたとたんに、涙をこぼした。
「グレイ」
ここまで大きな諍いもなく好ましいままの存在の声は、俺の名を呼ぶ時にもやっぱり耳に心地よい。
「リコ? どうした? この数日妙にグズってたのと関係あるか?」
「私は、悲しいのです」
閉じた扉の前でほろほろと涙を流しながら、リコが言う。
「わたしは、まだまだグレイに教わりたいことがたくさんあるのです。明日でお別れなのは、嫌です」
かわいいなあ、と思う。
何のてらいもなく涙を流す姿は、稚い幼子のようで、かわいくて仕方なくなる。
「バカだなぁ」
「どうせバカです。改めて言わないでください」
えぐえぐと喉が鳴るほどに泣くリコを見ていて、出てくるのはため息ではなく苦笑い。
「明日で別れるのは、無理だぞ」
「え?」
「明日は辺境の砦にたどり着くので精一杯だ。お前、そこから人を捜すんだろ? どう考えてもあとしばらくは一緒にいることになる」
「いいのですか?」
「ん?」
「だって、あなたは腕のいい、高ランクの冒険者なのでしょう? そう、聞きました。わたしの用心棒をしているのは、もったいないくらいの人だと……」
全く。
どこの誰がそう言ったのかは追求してもせんのないことだが、碌でもない言い方でリコに伝えやがったな、とは思う。
手を伸ばして、わしわしとリコの髪をかき混ぜた。
柔らかいふわふわとした髪は、それだけで鳥の巣みたいになる。
驚いて涙が止まったところで、誘導してベッドに座らせて水分をとらせる。
ほぅと息をついたのを見計らって、椅子を引き寄せて向かい合って座った。
「落ち着いたか?」
「はい……すいません……」
ちょこんという感じでベッドに腰掛ける姿に、劣情はわかない。
むしろ、保護欲。
それでも手を離して他の誰かに任せよう、という気にはならないのが不思議だ。
空気の匂いを嗅いだら、スン、と鼻が鳴った。
「グレイ?」
「お前に雇われて、半年になる」
「はい」
「明日にはお前の目的地に着く」
「……はい」
「これからのことも含めて、ちょっと腹を割って話をしようぜ」
そう告げたらリコの目線が少しだけうろついた。
リコは俺に話していないことがあるからな。
けれどそれはお互い様。
「それは……わたしが話していなかったことについて、ですか?」
「いいや。お前だけじゃなくて、俺の事情もだ」
「グレイの事情? 獣人だということですか?」
さらりと俺の事情を口にして、リコが首を傾げる。
気がつかれているとは思っていたが、俺がヒト族のフリをしていたから今までは触れずにいたのだろう。
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