第69話 わがまま

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「なんだ? 事故か?」  スーパーからの帰り道、トマリが言う方を見ると人だかりができていた。 「なんかの撮影だね」  どうやら、商店街で何か撮影をしているらしい。  噂を聞きつけた人が次々と集まっている。相当な、人気者がいるんだろう。 「行ってみよう、蒼」 「えーいいよ。あんなに人が居たら、見えないよ」 「俺が肩車してやる!」 「絶対やめて」  トマリに手を引っ張られ、その人だかりへと連れていかれる。  バラエティーかと思ったら、ドラマの撮影らしい。 「今チラッて見えた……!」 「え、どこどこ!?」 「ほら、あそこの白いシャツの……!」 「キャー! ほんとだ! 超かっこいい」  女子高生たちがキャッキャッと騒いでいる会話から、イケメン俳優かアイドルが居ることだけは理解した。 「ねぇ、もう見えないし帰ろうよ」 「でもなぁ、匂いが知ってる匂いだ」 「匂い?」  正直、芸能人なんてどうでもよかった。  テレビを見ていても、イヴェリス以上にかっこいい人なんていないし。  私がちょっとアイドルに浮かれたせいで、イヴェリスはどっかに消えちゃったし。  でもトマリが「匂いが気になる」とか言うから。 「おお、やっぱりそうだ! 湊だ! おーい!」  トマリが背伸びをしながら、手を振りだす。よりにもよって、そこに居るのは湊さんらしい。 「え!? ちょっ……!」  大きな声で湊さんの名前を呼ぶもんだから、慌ててトマリの口を手で塞ぐ。  その辺りにいたギャラリーもスタッフさんも、一斉にこっちを見る。  ああ、なんでいつもこう注目を浴びるようなことばかり……。 「え、あの人も俳優さんかな?」 「めっちゃかっこいい!」  さっきの女子高生たちも、今度はトマリを見てまたキャッキャしだす。 「邪魔になるから、帰るよ!」 「なんでだよ。湊だぞ?」 「仕事中でしょ!」  痛いくらいの視線から逃げるように、トマリをひっぱり人の輪から逃れようと思ったら……  急に「キャー」と黄色い声が上がる。その声にびっくりして振り返ると 「やっぱり! トマリじゃん!」  さっきの声に気付いた湊さんが、すぐそこまで来ていた。 「よお、湊。仕事中か?」 「うん、見たらわかるでしょ」 「そうか! 俺は今、蒼と買い物してた」 「え? 蒼さんと?」
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