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二学期の中間テストが全部終わって数日経った、昼休み。
「花凜ーっ」
五時間目の教科書をスクールバックから出していると、二組の茉凛がうちの教室に入ってきたところ。
泣き出しそうな顔を見れば、テストがどうだったかなんて、聞くまでもなさそう。
「どうしようっ……。数学、補習になっちゃった……」
私の肩に額を埋めるようにして、茉凛は大げさにびえーんと泣きついてみせた。
「数学以外がそこそこよければ、べつに気にすることないんじゃないの」
「あ、なによそれー。他だってボロボロなの知ってるくせにっ。あーやだ、テスト返ってこなきゃいいのに」
茉凛が子どもみたいに拗ねるのなんて、日常茶飯事だ。だから私もいちいちまともに相手はしてないけど。
すると茉凛はがばっと身を起こして無邪気に笑った。
「いいこと思いついたーっ。テスト返ってきたら、花凜、私のフリして母さんたちに怒られてよ。で、私が花凜のフリして褒められるの、どう?」
大声でそんなことを叫ぶものだから、周りにいたみんながどっと笑った。
近くにいた男子生徒何人かが話に乗ってくる。
「おいおい藤崎の妹、まあた言ってんぜ」
「いいよなーおまえら、そういうとき確かに便利だよな」
……便利なんかじゃないわよ。
と思ったけど、私は黙ったままやれやれと笑っておいた。
「ちぇー。たまには私だって花凜と立場逆転したいよ……」
憎めない調子で他の男子生徒とケラケラ笑っている茉凛は、顔を包むようなショートボブヘアが愛くるしい。それに比べて、私はもう長いこと髪を伸ばしっ放し。後ろでひとつに結わえた髪は、もうすぐ腰まで届きそう。
でも、髪型以外の全てが、私と茉凛はそっくりなの。
姉、藤崎花凜。妹、藤崎茉凛。
私たちは双子だから。
人付き合いの苦手な双子の姉。学校のみんなは、私のことをそういう目で見る。
そもそも、どうしてこうなっちゃったかな。
私だって小学校のころ、友達とおしゃべりするのは好きだったはずなのに。
茉凛が自分の教室へ戻っていくと、私はひっそりため息をついた。
今回のテストは五教科の平均は九十点以上になったし、百人近い学年での順位も二十番以内に入った。
(……なんだろ。成績上がったのに、あんまりうれしくない……)
嬉しいというより、ほっとしてるだけみたい。
だって茉凛と違うことが証明できるの、髪型と成績くらいしかないんだもん。
その日の放課後、私は当番のために図書室へ向かっていた。
ん、なにこれ。
階段の踊り場で見慣れない掲示に気づいた。
『二年有志ダンスメンバー募集!』
手書きの原稿をカラーコピーしたその告知は、十一月あたまの文化祭の催しについて。
文化祭では、部活動や各組の出展のほか、学年全体の有志による発表がある。
そっか。クラス有志発表、ダンスになったんだっけ。
ダンスについて頭から締め出していた私は、あまり考えないようにしていたけど。
うちの学校にはダンス部はない。ダンス部があっても、私は絶対に入部しなかっただろうな……。
なんてぼんやり考えていたら。
「なに? もしかして、有志やりてえの?」
すぐそばで男子の声がして、私は飛び上がった。振り向くと、そこにいたのは……。
「あ、藤崎……の姉のほうじゃん」
二組の、三木唯吾だった。
入学時からずっと、良くも悪くも――じゃなかった、主に悪い意味で――学年で目立ってたやつ。先生たちをからかっては怒られたり、運動会では騎馬戦と棒引きでバカみたいな怪力を発揮して上級生ににらまれたり、クラスの給食の残りのカレーをひとりでたいらげたあげくに他のクラスにまで残飯をたかりに行ったり。
「へーえ。なんか意外だな。おまえがダンス好きとはねえ」
「……そ、そういうわけじゃ……」
ちょ、ちょっと! いきなり「おまえ」呼ばわり?
三木は面白そうににやにやと笑ってるだけ。
身長百五十二センチの私を見下ろすくらい、背が高い。
開け放したシャツの第一ボタンは校則違反でしょ。ネクタイを緩めてラフに着崩してるのも。
なのに、なぜか三木にはよく似合っている。
「有志メンバーやりたいなら歓迎すっけど? 俺、有志のリーダーなんだ」
「……わ、私は遠慮しとく」
あんまりダンスの話をしたくなくて、私はさっさと階段を下りた。
「お、おい、藤崎ー?」
背後からいぶかしげな声だけが追いかけてきたけど、私は聞こえないフリをした。
双子はよく鏡に例えられる。
鏡に映したみたいにそっくりね。
鏡に映したみたいに正反対だね。
もしくは「そっくりなのに、中身は正反対だよね」とか。
父さんや母さんを含め、今日に至るまでに誰に何度そう言われたかな。
いつの間にかそう言われることにも慣れちゃった。
そう言われることが当たり前みたいになって、なんだか自分でも周りにそう言われるようにふるまってる……ような気もしてくる。
ちょっとだけネットで調べてみたけど、双子が生まれる確率は一パーセント。百人に一回くらいの割合らしい。その一パーセントが、私と茉凛に起きたミラクルってこと。
「花凜ー、英語の穴埋め、うつさせて! 私、今日あたるの」
茉凛はこんなこともしょっちゅうだった。
「もう。またなの?」
「ごめん、次からちゃんとやってくるから! おねがいっ」
しおらしくしてみせていた茉凛も、呆れながら私が英語の教科書を出して渡すと、ぱっと笑顔になる。
「やったっ!」
「次は気をつけなよ」
「うん!」
反省しているようにも見えないけど。
慌てて答えを書き写し茉凛が教室を出ていくと、星那が声をかけてきた。
「またなのか? 妹ちゃん」
倉田星那。
入学してすぐのオリエンテーションで同じ班になって以来、クラスで一番の仲良し。
あまり自分からしゃべらない私にとって、学校内で一番言葉を交わす親友。
「花凜、相っ変わらず面倒見良すぎじゃね? 自分でやれよーぐらい、言ってやりゃいいじゃん」
「しょうがないのよ。あの子はいつもああだし。言ってもなおらないんだもん」
やれやれ、と星那はかぶりを振った。
ショートヘアに襟足の長いウルフカット。かっこいい名前、ハスキーな声に男みたいなしゃべり方。ウワサだと、下級生の女子にファンが多いらしい。
「いつもそれじゃ、花凜のほうがしんどいだろ」
そう気遣ってくれる星那は、私が茉凛に抱いているモヤモヤした気持ちを話せた、学校で唯一の存在。
察したのか、星那は話題を変えた。
「それよりニュース。文化祭でさ。今年こそ後夜祭でファイヤーストームやらせてもらえるかも」
「え、そうなの?『防災上禁止』って毎年許可が下りないって話だったよね?」
「あたしたちが教頭にかけ合ったからさ! ただ十五分だけって制約つきだけど」
星那は自分から文化祭の実行委員に立候補したんだよね。バレーボール部の部活も大変なのに、本当に尊敬しちゃうよ。
星那にうながされ、教室の窓から並んで校庭を見下ろす。
もう十月。風も涼しくて、制服のブレザーでちょうどいい気持ちよさ。ふわんと金木犀の香りがする。
「父母会のバザーテントが結構出るから、ファイヤーストームはあの辺に作るって話。火の粉が飛ぶと危ないからって」
そんな星那の説明をうなずきながら聞いていると、下のほうでリズムのある音楽が聴こえ始めた。
あ。あれは三木と、ダンス有志のメンバーかな?
男女何人か、制服のままでダンスの練習をしているみたい。
でも練習って呼ぶには、まだちょっと早いような雰囲気?
どうやらステップを知らない子に、ダンスを知ってる子が教えているような段階。
あはは、と笑う声がここまで聞こえる。
ふうん、なんだか楽しそう……。
なんて見ていたら、ふっと三木が顔を上げてこっちを見た。
や、やばっ。反射的に私は窓から離れた。
「花凜? どーかしたか?」
星那が不思議そうに首をかしげる。
「な、なんでもない」
って、変なの……! なんで私、こそこそしてるの?
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