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翌朝。
いつもより早くひとりで家を出て、七時半には学校の通用門を入った。
この時間、まだ登校してくる生徒は少ない。運動部の朝練もまだの時間。
登校ラッシュより小一時間早く来るだけで、通い慣れた朝の道が妙に広々と見えて、なんだかおかしかった。
いつも登校するときは隣に茉凛がいるけど、今日は違う。
……変なの。なんだか知らない場所みたい。
一階の女子更衣室で着替えようと思い、昇降口で上履きに履き替えていると。
「あれ、藤崎?」
ちょうどTシャツとジャージに着替えを済ませた三木がタオル片手に降りてきた。私を見てにかっと笑う。
「うっす」
「お……おはよ」
「なに? おまえもしかして、朝練来たの?」
三木はどうだとばかりに満面の笑みになる。
「だーよーなーっ! きっと来るって思ってたぜ! んじゃ、さっさと着替えてこいよっ。みんなもう集まるぜ」
急いで更衣室で着替えて、私も校庭へ向かった。
ダンス有志は、男子と女子合わせて十五人くらい。メンバーはまだ増えるのかな?
私は部活もやってないから、一緒のクラスになったことがない生徒のことはほとんど知らない。
何人かの男子は、私をチラチラ見てる。
「藤崎? 姉? 妹? どっちだっけ」
「姉のほうだろ。二組にいるのが妹だって」
同じ学年に同じ顔の姉妹がいれば、「姉のほう」なんて言い方もされても、もういちいち腹を立てたりもしないけど。やっぱビミョーな気分……。
「藤崎もメンバーに入ったんだ。ダンス経験者だぜ」
「よ、よろしく」
わざわざ三木がそうやって私を紹介するから、私はぎこちなくみんなに挨拶をした。
軽く準備運動をしたあと、誰かのスマホアプリで曲を流して、それに合わせてステップの練習。
(あ……!)
一度ポップコーン・ステップを踏んだら、体は本当に自然に動いた。
蹴って、踏んで、下げる。
蹴って、踏んで、下げる。
蹴って、踏んで、下げる……。
まるでポップコーンがぽんぽん跳ねるみたいな軽やかなステップ。
基本のステップでありながら、どんな応用にもつながるのだと、ダンス教室の先生は言っていた。
うわ、この感覚。覚えてる! なんかワクワクする!
さえなかった頭の中で、キラッと光が差した感じ。
自分でも戸惑うくらい、なぜか楽しくて、朝練はあっというまだった。
少しして休憩を入れた時、ふと視線を感じてなにげなく振り返った。校庭のフェンスの向こうは、いつのまにか登校ラッシュになってる。
あ、茉凛だ。足を止めてこっちを見てる。
なんとも言えないちょっと複雑そうな顔つきで、私に気づくとすぐにその場を離れて昇降口へ向かっていった。
そういえば、今朝は茉凛に何も言わないまま、先に家を出てきちゃったな。
一言くらい断っておけばよかったかな。
その日の夜。
母さんと茉凛、それに私。三人で夕飯を食べながら、茉凛は少し拗ねた面持ちだった。
「花凜、ダンス有志やることにしたの? やらないって言ってたのに」
今朝は私が黙って先に家を出たから、茉凛はちょっと怒ってるみたい。
「なんか、三木が勝手に私のこともメンバーに入れちゃったの。あんま乗り気じゃなかったけど、他のみんなの手前、私だけ練習出ないわけにもいかないでしょ」
私がそれらしく説明すると、茉凛はじれた様子だ。
「じゃ、やっぱ私もやりたいっ。今からじゃもうだめ? 明日、三木君に聞いて――」
「茉凛、クラス展示のリーダーになったんでしょ。自分から立候補したんなら、ちゃんとそっちに集中しなよ。ダンスはこれから練習で時間とられるんだから」
「けど……」
茉凛はまだ腑に落ちない感じだったけど、母さんが口を挟んだ。
「こら、茉凛。あれもこれも中途半端にするのは母さんも賛成しないわよ」
「で、でも」
「あんたはバドミントン部に入ったのにすぐ辞めちゃったの、もう忘れたの? ラケットだって買ってあげたのに」
「そ、それは……」
「あと、期末はもうちょっとがんばらないと、父さんも怒るって言ってたわよ。少しは花凜を見習いなさいよ」
「…………」
茉凛は渋々、黙ってご飯を食べ続けた。
正直、茉凛が引き下がってくれたことに、ほっと胸をなでおろした。
次の日の朝練前。
校庭で準備運動をしていると、二組の女子が私に話しかけてきた。
「あの、藤崎さんだよね? マリリンのお姉さんの」
マリリン、というのはどうやら茉凛のあだ名みたい。
「えーっと……桜井さん? だったっけ?」
「うん! 桜井香奈枝です。マリリンと同じ二組なの。よろしくね」
「あ、そうだ。茉凛がカナっちって呼んでた。茉凛からよく話聞いてるよ」
そう言うと、桜井さんは照れくさそうにうなずいた。
私よりもさらに小柄で、セミロングの髪を左右でゆるく結んでいる。笑うとのぞく八重歯が、なんだか小さな動物みたいでかわいいな。
私は桜井さんとは去年も今年もちがうクラスだけど、茉凛は去年から一緒のクラスみたい。
「私ね、いまダンス教室に通ってるの」
「そうなの? だから桜井さん上手なんだね!」
練習の様子を見ていて、桜井さんがダンスが上手なのはすぐにわかったくらい。
「藤崎さんたちもジュニアダンスやってたんだよね? マリリンから聞いたよ」
「うん、まあ……。もう辞めちゃったけど。それよりさ、」
私はむりやり、ダンス教室の話題を変えた。
「有志入ったのって、もしかして三木の勧誘?」
「そう! もうね、すっごい強引で笑っちゃった。経験者確保! って」
「あははは。やっぱり? 私もだったよ」
「でもね、有志は興味あったんだけど、私は自分からなかなか言い出せなくて。ちょっと強引でも、誘ってもらえなかったら、入らなかったかも」
「そっか……うん。それ、わかる気がする」
そんな話をして、その日の朝練は始まった。
よし、私もしっかりやらなきゃ!
文化祭まであと一か月。ダンス有志のメンバーは十七人になっていた。
男子が七人、女子が十人。
「一か月って、割とあっという間なんだよなぁ。日曜抜かすと」
と三木は言った。
放課後、ダンス有志は一組の教室に集まってミーティング。
ダンス経験がないメンバーも多いから、基本のステップは毎日練習していたけど、そろそろステージ本番に向けて、本格的に振り付けや全体のことを決めていかないと。
「本番一週間前には踊りが完成したほうがいいよね」
「じゃあこの日までには振り付けも決まってないと」
「ステージのセッティングと撤収も込みで三十分だから――」
大きめの紙に手書きでかんたんなカレンダーを作り、みんなで意見を出し合って、予定を書き込んでいく。
「ダンス全体の構成とか振りつけは、藤崎と桜井に色々教えてほしいんだ。時間もそんなにねえし、ここは経験者のふたりが主体になったほうがいんじゃね?」
「わかった。まかせて!」
三木の提案に渋りそうになった私の隣で、桜井さんは物怖じせずに応えた。
ちょっと意外だった。桜井さんって、大人しそうな子っていう印象だったから。
きっと、ダンスが好きだから、練習も楽しくて積極的になれるんだろうな。
まかせて! ってはっきり言えるのって、かっこいいよね。
「ねえ、桜井さん。あとで打ち合わせしない? 振りつけのこととか相談したいんだ」
私の言葉に、桜井さんはぱっと笑顔になった。
「もちろん! やろうやろう!」
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