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 なんだか急に、一日が二十四時間じゃ足りなくなってきた気がする。  先生たちに頼み込んで、私たち二年ダンス有志は体育館の準備室を練習場所に使わせてもらえることになった。ここには、壁一面を覆うくらいの鏡がある。 「やっぱちょっと狭くても、鏡があったほうがいいな」 「でしょ? 体育館の鏡は運動部の練習で使えないし、ここしかなかったけど」  大鏡の前では、まだステップが少し苦手な子たちに桜井さんが教えてあげている。  鏡を見ながらとそうじゃないのは、ダンスの練習は全然ちがうの。  私はバスケットボールが詰まった可動式の大きなカゴを壁際に寄せ、あれこれ書き殴ったノートを取り出して、三木に見せながら説明した。 「桜井さんと考えたんだけど、全体の構成を四つのパートに分けようと思うの。最初少し全体で踊って、次は男子だけで踊って、そのあと女子だけで踊って、最後に男女全体で踊るの、どうかな? 全体のときに男女ひとりずつソロで踊る見せ場を作るの。ダンスのレベルはどうしても個人差でちゃうから、アイソレーションがある程度できる子たちを前列にして――」 「アイソレーションって、あの首とか腰とかだけ動かすやつだよな?」 「そう。あれ、ちょっとコツがあってね。私も覚えるのにちょっとかかったしね。アイソが苦手な子は後列でステップメインにしたらいいんじゃないかなって。一か月で仕上げるんなら、そうしたほうがいいと思う。で、ソロパートはまだ考え中なんだけど――」  あれ? 三木が妙に静かだな。  顔を上げると、じっと黙ってこっちを見てる三木と目が合った。  やば。私つい夢中になって、しゃべりすぎた……?  けど、三木は畳んで高く積まれた体操マットの山にひょいっと腰かけて笑った。 「いやー、ノッてきたなあ」 「えっ?」  てっきり練習してるみんなのことかと思って、鏡のほうを振り返ってしまったら。 「おまえのことだっつーの」 「へっ? 私?」 「超~ノッてきたじゃん。最初はやらないやらないって渋ってたくせに」  三木は満足そうに、というか、面白くてたまらないみたいに私を見下ろしている。 「それは……えっと、うん」 「お、認めたか」  ……そうよ、認めたわよ。  もう私も、開き直った感じ。だって、ダンスやりたいんだもん! 「……三木が言ったんじゃない」 「俺? なんか言ったっけ」 「自分の意思でやりたいって思うやつじゃないと困る、って」 「――その話か。ああ、確かに言ったぜ」 「私は自分の意思でやるって決めたの。もうダンス辞めたとか言い訳してる場合じゃないんだもん。やるって決めて練習に参加したんだから。私もチームの一員でしょ?」  三木を見上げると、また目が合った。 「……わかってんじゃん」  三木がマットから飛び降りると。  ばしっ! 「うわ?」  と、背中をはたかれて、不覚にもよろめいた。 「頼りにしてんぜ!」 「え? ――うん!」  わくわくして、かっと体が熱くなってくる。  こんな感覚、久しぶりだよ。私やっぱり、ダンスが好きなんだ。 「なーんか花凜、楽しそうじゃね?」  休み時間、ソロのダンスのアイデアをあれこれメモしてると、星那が声をかけてきた。  前の席の椅子にまたがるように座って、背もたれに頬杖をつく。 「星那。私、はっきり言って超楽しいもん」 「ま、わかるー。推しがいるだけで毎日キラキラすっからな」 「推しって……それは星那の話でしょ」  星那は男子アイドル『セブンス・ジェム』のメンバー、ユウキくんの自他ともに認める大ファン。いつも雑誌の切り抜きをファイルに入れたり、スクリーンショットの画像をスマホの待ち受けにしてる。 「聞けよ、花凜! 昨日の配信でユウキが言ってたんだ。『なにごとも一生懸命がんばれる女の子がタイプ』だって!」 「そ、そうなの?」  ……それって誰にでもあてはまりそうな気もするけど。  でも、星那があんまりにも嬉しそうだから、言わないでおこうっと。 「しかも『スポーツが好きな子だとうれしいな』だってー! もう、これって絶対あたしのことじゃん! やっべ、今日の部活マジ気合入るんだけど!」  見た目も振る舞いもボーイッシュなのに、こういうときの星那は本当に夢見る女子そのもの。椅子の上で身をよじって、嬉しそうにジタバタしてる。  普段の星那とはすごいギャップで笑っちゃうけど、星那のそんなとこも好きだな。 「じゃ、私の推しはダンスってことかな」  ほんと、夢中になれるものがあるって、楽しいな。  ささいなことかもしれないけど、最近意外なほど楽しいのは、私にとってちょっとしたミラクルだよ。 「そーゆーコト。あ、文化祭の体育館の舞台スケジュール、そろそろ実行委員会で決定すんぞ」 「わあ。いよいよって感じ。星那、実行委員忙しいだろうけど、時間あったらダンス有志も見に来て」 「あったりめーじゃん! 花凜の勇姿、絶対見にいくって!」  なんだか不思議。ダンスが楽しいと、見に来て! って自分から素直に言える。  よーし、がんばろ!  その夜。  私はパジャマ姿のまま、机に向かっていた。  放課後もダンス有志のみんなと練習して、色々アイデアを出し合って、ちょっとずつ形になってきた。けど、最後に全員で踊るところが、まだしっくりこない感じ。 「……花凜、まだ寝ないの?」  背後の二段ベッドの上から茉凛が声をかけてきた。  ふと机に置かれた時計を見ると、もうすぐ十二時だ。 「え? やだ、もうこんな時間? ごめん、電気消すね」  部屋の電気を消すと、私は再び机に向かった。 「ねえ、花凜。寝なくて大丈夫っ? 最近、朝も早いし放課後も遅いけど……」 「大丈夫、もう寝るから」 「…………」  返事がなくなり、私はまた机に向かった。  ソロは、どんな振りつけいいかな。誰に踊ってもらうのがいいかな。  女子はきっと、桜井さん。男子は……三木、かなあ。  ……振り付けを考えるのって、わくわくするけど難しいな。  スマホでダンスの動画を検索すると、ダンスのハウツー動画がたくさん見つかる。  ミュージカル映画のダンスシーンもたくさん見つかって、見ていると結構ハマっちゃう。ストーリーも面白そう。  なんだか、ダンスのことを考えていたら、いっきに世界が広がった感じ!  すると、トークアプリの通知がきた。  あ、三木だ。三木もまだ起きてるんだな……。  妙にそわそわして、ダンス有志グループチャットの画面を開く。 『市民センターのサイトみっけた。体育室は午後いっぱい借りると五千二百円だってよ』  公式サイトのリンクも送られてきた。 『いいかも! みんなで割り勘なら四百円もしないよね』  と送り返すと、すぐに既読マークが一件ついた。  文化祭直前の週末には、どこか校外の場所を借りて練習したいねってダンス有志のみんなと話していた。衣装も着て本番どおりに練習する、最終調整。  それまでには振りつけも全部、完璧にしなきゃ!  不思議と眠くはなくて、身体も頭も疲れていない。もっともっと、ダンスのアイデアを考えておきたくて、結局その日も夜更かししちゃった。
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