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パリの群雲
パリの雨は、数時間降って止むことが多い。
温帯湿潤気候の日本では「今日の天気は雨」というが、一日を通じて雨が降る日はほとんどないのである。
しとしとと、壁を打つ水の音が優しくパリを包み込んでいた。
ニュースを賑わす殺人事件は、毎日絶えない。
政府要人が訪れるとシャルル=ドゴール国際空港に厳戒態勢が敷かれる。
パリの安宿には、まったく娯楽という概念がなかった。
だからニュースをチェックするだけでも、心が波立つ。
ダークブラウンの木製ベッドは、寝返りを打つたびに軋む。
標準的な体形のガラクでも、足先が少し出てしまい冬は冷えそうである。
板の床についたカンナ跡が規則的に色を変えている。
ささくれがあるのでスリッパが欠かせない。
窓は埃っぽくて外側に土が付いている。
時々つけるパソコンのニュースだけが部屋に響く。
ガラクはある会社からの連絡をじっと待っていた。
孤独と沈黙に押しつぶされそうになってきた頃、スマホが震えた。
「もしもし」
「マロンだ。
ローズアイ。
小隊のメンバーと顔合わせをしたいのだが」
コードネームで呼ばれたと気づくまで数秒かかった。
パリに到着した日に、民間軍事会社(PMC)「ガルーサ社」へ立ち寄った。
紹介状があったので、試験なしで採用された。
両親と、レックス自身も登録している傭兵団である。
国境警備や、一般的な警備も担うそうである。
恐らく表向きの仕事と、裏の仕事を使い分けているのだろう。
つまり、殺し屋も雇っているのである。
ここ数日、頭の中を妄想が支配していた。
母もレックスも面が割れているから、自分にも暴漢が襲いかかってくる可能性がある。
ならば、軍事会社で銃を使う仕事をしていた方が安全だし、万一のことがあっても会社に迷惑をかけなくて済みそうである。
「マロン隊長。
ローズアイが私ですね」
電話で具体的な話はできない。
それくらいは素人のガラクにもわかった。
渇いた人間がひしめく砂漠のようなパリに、一滴の雨が落ちた。
いよいよ、時が動き出す。
両親の手がかりが掴めるか、実際に会えば進展がある気がしていた。
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