パリの月時雨

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パリの月時雨

 アル・サドン基地を雨が洗っていた頃、パリにも雨が降っていた。  忙しく人が行き交う街角には、傘の花が咲いた。  石造りの彫刻がドアや窓を華やかにし、街灯は小洒落た青銅色。  車止めの上に金の球体が輝き、周囲の風景が映り込む。  パシャパシャと水を跳ねながらガラクは小走りに地下鉄駅を目指した。  集合地点はシテ島の路地だった。  セーヌ川が枝分かれしてできた中州のような小さな島である。  路地裏には大きなゴミ箱があって、月明りを隔てて影を作っている。  目を凝らすと影の中に人が見えてきた。 「ローズアイ」  カーキ色のポロシャツに黒のパンツ。  髪は七三に分けてふんわりと整えている。  30代の精悍な男が歩いてきた。 「マロン」  男は少しだけ歯を見せた。  顔をよせ、耳打ちをしてくる。 「スペイン国境まで車で移動する。  宿は引き払ってきたな」  ガラクは小さく頷いた。  2人はにこやかに談笑しながら、時々周囲に鋭い目を向ける。  マロンは黒塗りのコンパクトカーのフロントガラスを確認している。  パーキングチケットの時刻を見ているようだ。  パリには路上に駐車できるスペースが設けられている。  自動発券機で料金を払って停めるのである。 「じゃあ、左の後部座席へ」  促されて乗車した。  後部のシートには、同い年くらいの女が座っていた。  外を窺ったまま、ガラクの方を見ようとしなかった。  助手席にも若い男が座っていた。  車は凱旋門の周りを1周してからセーヌ川を渡り、アウトバーンに入る。  制限時速はないため、時速140キロくらいで走る流れができている。  なだらかなカーブを描き、風景が荒野に変わっていった。  ハイブリッドカーのエンジン音が響く。  ガラクは脇に仕込んだホルスターを時々確認するように触れるのだった。
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