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車椅子に座り、窓を叩く雨音にじっと耳を傾けるひとりの老婆。その瞳は虚ろでまるでどこか別の世界を彷徨っているかのようだ。眉間に刻まれた皺は深く、絶えず何かに不満を抱いているかのように口はへの字に歪んでいる。
「さぁ渡辺さん、そろそろお部屋で寝ましょう。まぁひどい雨」
半月前から彼女の担当となったスタッフの佐藤が声をかける。だがどうやら聞こえなかったようだ。老婆は依然としてじっと闇夜を見つめている。
「冷えますからそろそろ戻りましょうね」
再び声をかけられようやく老婆は染みだらけの顔を彼女に向けた。
「あら、お姉様?」
佐藤は慣れた様子で「いいえ、違いますよ」と答える。老婆はチッと舌打ちした。彼女には姉がおり、女性が話かけると必ず「お姉様?」と尋ねるらしい。
「あなた、お姉様と同じところにホクロがあるものだから」
「ホクロですか」
ホクロの話を聞くのは初めてだった。だがすぐに佐藤は老婆の言葉に反応してしまったことを後悔する。
「ねぇ、聞いてくださるかしら?」
ああ、また〝あの話〟が始まる。佐藤はため息をつきながら車椅子を押した。
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