泣き虫の空から

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 空っぽになったふたつのグラスにまた麦茶を注いで、宮田くんはソファに座り直した。 「宮田くんは、何で私を入れてくれたの」 「…うん。何でだろうね」  彼は本当に不思議そうに首を(かし)げた。 「いいかげん、誰かと話がしたかったのかも」 「お母さんは?」 「仕事。忌引(きびき)で有休使っちゃったから、僕のためには休めない」  ()ねたように宮田くんが口にした。 「あんたはいいねって。私は悲しくてもつらくても仕事を休めないのにって」 淡々と話す彼の声は無機質で、かえって私の気持ちをざわめかせた。寂しさを(こら)えているみたいだと思った。 「兄弟はいるんだっけ」 「大学生の兄貴がいるけど、一人暮らししてる。お葬式が終わったら、すぐに戻って行ったよ」  抑揚のない彼の声には、失望の色がありありと浮かんでいた。家族の間に横たわる感情の温度差は、ふだんの仲がいいほどやりきれなくなる。 「…そう。休める時に休んだ方がいいよ。無理すると後から自分がつらくなるから」 「…椎名も、こんな気持ちになったことがあるの?」  私は言葉にするのをためらった。 でも、宮田くんならあの時のクラスメイトよりは、わかってくれるはずだ。 「私は、飼ってた猫だけど」 「…いつ?」 「三年前くらい」 「そっか…」  彼が茶化したり怒ったりしないことに、私はほっとした。そして、誰にも打ち明けたことのない想いを、彼にぶつけた。 「すごく寂しくて、悲しかった。やっとだよ。ミミのことを考えても涙が出なくなったのは、ホントに最近なの」 「そんなふうに思えるなんて、その子は椎名にとって、とても大切な存在だったんだな」  ほっとしたのと嬉しいのとが混ざり合って、私の鼓動は速くなった。 「うん。そう。そうなの」  何だか泣きたくなる気持ちを必死で抑えながら、私は宮田くんに向かって力強く頷いた。 「だから、宮田くんはもっとつらいと思うんだ。きっとお母さんも、お兄さんも」 「そうだね…」  網戸にしてある窓から、風が吹いてくる。 その風は静かな雨音を運んできた。 緑に繁った掌みたいな紫陽花(あじさい)の葉っぱに、当たって弾ける小さな音。色づき始めた花をそっと揺らす雫。それらがたくさん集まって、さああという白っぽい音を立てている。 「降ってきたね」  彼と同じクラスになってまだ数ヶ月。 こんなに間近で顔を見たのも、話をしたのも初めてだった。 悲しみに暮れている彼に、どうしてこんなにも()かれるんだろう。庭の方へ向けた彼の横顔が、とても綺麗だなと思った。 じっと見つめていると、不意に彼がこちらを向いたので、私はあわててお茶を飲むふりをした。
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