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チャイムが鳴ると、皆が一斉に帰り支度を始めた。ざわめきや物音に負けないくらい、先生の声が大きくなる。
「来週からテストだからな。週末もあんまり羽を伸ばしすぎるなよー」
たぶん、半分以上の生徒は聞いていない。
私も上の空で鞄を取り出した。
「あ。誰か宮田の家にコレ届けてくれる奴、いる?」
先生が大きな封筒をひらひらさせて、私たちに尋ねた。一瞬、ざわめきが止まったが、すぐに誰かが声を上げた。
「住所どこですか」
「日向台の方だ。たぶんこのクラスで一番遠い」
日向台…
その街の名前を聞いてドキッとしたのは、きっと私だけだったと思う。
私は窓際の彼の席に目をやった。
主のいない椅子は、クラスの喧騒の中でひときわ寂しく見えた。
「今どき、メールでよくないですか」
「まあな。でも、ちょっと様子も知りたいと思ってさ。いいや、俺が行ってくるわ」
先生は封筒を荷物と一緒に抱えて、教室を出ていった。私は友達に先に帰ることを告げると、鞄を肩にかけて、思いきって先生の後を追いかけた。
「助かるよ。さっき保育園から電話があってさ。子どもが熱出したから、迎えに来いって言われちゃって」
先生は私を拝むようにして、あの封筒を手渡した。中には学校からのお知らせと、課題が入っているとのことだった。
誰かが言うように、これを渡すだけならスクールメールで事足りる話ではある。
「ちょうど向こうに行く用事があるんです。だからついでに」
照れ隠しに失礼な言い方になってしまったが、先生はにこにこしている。自分の代理というだけでなく、私が手を挙げたのが嬉しかったみたいだ。
「うん。ありがとう」
「何か伝えることありますか」
「元気かどうか見てきて欲しいんだ。ご飯食べてるか、夜眠れてるかとか」
宮田くんは、先月お父さんを亡くしている。
もともと大勢でつるむ方じゃなかったけど、それからずっと学校を休んでいる。
「俺も先週会ってるけどね。まだちょっと心配だから。メールもこっちからしないと来ないし」
先生は、宮田くんの家の地図を簡単に書いてくれた。
「お見舞いってことで、校長には言ってあるから」
友達の家に行くのに、誰かの許可が要るようになってしまった。良いことも悪いことも、いろいろ出来るようになったから仕方ないのだろうけど、その分制約もかけられているような気がする。
「皆もそこまで薄情ではないと思うんだけど。でも、今どきは確かにメールで済んでしまう話なんだよな」
「クラス替えがあって、まだ6月ですしね」
私だって、彼に顔や名前を覚えてもらえているか自信がない。
タイミングも悪くテスト前の時期だ。
「正直、あいつが休むなんて想像してなくてさ」
先生は大きなため息をついた。
「大人しいけど、芯はしっかりしてると思ってたから」
先生は昨年度も宮田くんの担任だった。
少しでも彼のことを知っている人がいるのは、私も心強かった。
「表札も出てるから、すぐわかるよ。頼むな」
「はい」
宮田くんと特に親しかったわけじゃない。
席が近いとか班活動が一緒とか、そんな接点もなかった。
ただ、家族を亡くした寂しさは何となくわかるような気がして、彼のことはずっと気になっていた。
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