泣き虫の空から

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 学校から日向台の街は、電車で30分ほどかかる。 最寄り駅に着くと、私はまず宮田くんの家とは反対側の改札口から、商店街を抜けていった。少し行くと川縁(かわべり)に出るので、さらに堤防に沿って進んでいく。 少し息が上がってくる頃に、目指す建物の屋根が見えてきた。 人気(ひとけ)のない門をくぐり、正面からではなく細い側道を進んでいくと、ガラス扉の小さなお堂がある。取っ手を掴み、少し重い扉を開けた。 壁一面に棚が作り付けられていて、写真と小さな食器やグラス、花を()した花瓶が並んでいる。その奥には巾着袋に包まれて、大小様々の骨壺が安置されていた。写真に写っているのは犬や猫が多いが、中には兎やハムスター、インコもいる。 ここはお寺に併設されている、ペットの供養塔だ。 週末は訪れる人も多いが、かろうじて平日の今日は、数人の姿しかなかった。私はミミの場所に迷わず辿り着くと、写真に向かって話しかけた。 「ちょっと久しぶり。元気だった?」  ミミはもちろん答えない。 でも、写真の中の瞳はいつも優しく私を見つめ返してくれる。名前を呼ばれて振り返った時の一枚なのか、ミミは顔だけをこちらに向けて見上げている。 彼女は綺麗な緑の目を持った黒猫だった。 私よりふたつ歳上で姉妹のように育った。そして、16歳で私より先に星になってしまった。 「力を貸して欲しいの。宮田くんに元気になってもらいたいんだ」  大切な誰かを亡くした時、人は嘆き、悲しむ。 思慕が強いほどその悲しみは深く、(のこ)された者を打ちのめす。 私にとってミミは姉であり、かけがえのない家族だった。 『え。猫でしょ』 あの時の衝撃は忘れない。 ミミを失って学校を休むほど落ち込んだ私に、クラスメイトは言った。 彼女を責めることは出来なかったが、自分の気持ちが全ての人に受け入れられるわけではないのだと、悟った瞬間だった。 私はミミの写真に微笑みかけると、大好きだったスティック型のおやつをその前に置いた。緑色の瞳は、私を見守るようにじっと見つめている。 目を閉じて手を合わせてから、私はもう一度ミミに笑顔を見せて外へ出た。 曇り空でひどく蒸し暑い。 雨が降ると天気予報が言っていたから、傘は持っている。どんよりとまとわりつく空気は、母の話を思い出させた。 『今年でもう三年になるでしょう? 合祀(ごうし)のお知らせが来てたのよ』 『合祀って?』 『皆のお骨をね、ひとつにまとめてそこを皆のお墓にしちゃうの』 母は私の顔色を(うかが)いながら、そう説明した。 『皆のお骨が混ざっちゃうの?』 『うん。はっきり誰のものかはわからなくなっちゃうけど、寂しくはないんじゃないかな』 私はすぐに想像出来なかった。 ミミが他の動物たちと一緒になるのは、独りぼっちよりいいと思った。だけど、ミミがミミじゃなくなる気もした。 『…よく、わかんない』 『(かおり)がしたいようにしようと思ってるの。今まで通りでもいいし、合祀でも個別にお参りすることは出来るみたいよ』 私がミミのことになると神経を(とが)らせるのを知っているので、母は終始(なだ)めるような口ぶりだった。 飼い猫を亡くして三年たった私でさえ、未だに悲しみに引きずられることがある。宮田くんの気持ちを思うと、胸がぎゅうっと締め付けられた。
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