泣き虫の空から

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 私はまた駅までの道を逆に辿(たど)って、向こう側の改札口に回ると、今度は住宅街を歩いていった。商店街の(にぎ)やかさとは対照的に、綺麗に立ち並ぶ一戸建ては、静かに澄ましているような(たたず)まいだ。 似たようなテイストの家が続いているのを、先生の地図を頼りに進んでいくと、「宮田」の表札がある家の前に立った。私はひとつ深呼吸をしてから、インターホンを鳴らした。 すぐには応答がない。 留守かな… もう一度ボタンを押してみる。 やっぱり誰も出てくれない。 誰とも 話をしたくないのかもしれない 私は三年前の自分を思い出していた。 預かった封筒はポストに入れればいいけど、宮田くんの様子はわからない。このまま帰ってもいいのかどうか考えあぐねていると、解錠の音がして玄関のドアが開いた。 ひょろっと背の高い宮田くんが顔を出した。 白いTシャツにジーンズのラフな格好は、制服の姿とはだいぶ印象が変わる。 「…椎名?」  彼が私の名前を覚えていてくれたことに安堵して、私はなるべく明るい声を出した。 「うん。先生に頼まれて、コレ。それと宮田くんの様子見てきてって」  私は封筒を(かか)げて見せた。 宮田くんは少しやつれた顔で私を困ったように見ていたけど、ドアを大きく開けて私を促した。 「…どうぞ」 「ありがとう。お邪魔します」  封筒を受け取って私をリビングに案内すると、彼はキッチンへ入っていった。ほどなくして麦茶のグラスをふたつ持って戻ると、ひとつを私の前に置いた。 「いただきます」  ソファに座り、ふたりで黙って麦茶を飲んだ。 本当に衝動的にここへ来てしまったから、彼と何を話すかの心構えが、全然出来ていなかった。どこから切り出していいかわからなくて、取りあえず先生が言っていたことを尋ねてみた。 「ご飯、食べてる?」 「うん。まあ」 「夜は眠れる?」 「時々は。夜中に目が覚めて、朝まで眠れないこともあるよ」 「そう…」  それだけ聞くと、私もまた黙ってしまった。 静かな空間の中で、代わる代わるお茶を飲み、空になったコップをテーブルに置いた。 「…何で、椎名は来てくれたの」 あまり人と喋ってないからか、彼の声はところどころ(かす)れている。 「何でって…。宮田くんが元気か気になって」 突然直球で聞かれて、私はとっさに口走ってしまった。本人に伝えるのは恥ずかしかったけど、その気持ちは本当だった。 「そう、なんだ。…ありがと」 「私に、何か出来ること、あるかな…?」 恐る恐る尋ねると、宮田くんは口元を(ゆる)めた。 「心配してくれて、ありがとう」 伸びかけた前髪の間から、優しい瞳が(のぞ)いていた。 憂いの中にあるその笑顔は、とても痛々しかった。
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