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プロフェッサーと誘拐犯 2
ウィンストンは腕から逃れようと手足で暴れて抵抗するが、オックスフォード大学からウィンストンを車に連れ込んだ時と同様に、アドリーの動きはプロの軍人のように強力で無駄がなかった。
「私の話を聞いて下さい」
「断る」
だがアドリーは耳に入っていないように、強引にウィンストンをずるずると引き摺っていく。
「まずは、貴方のスフィンクスと同じくらいに重要なことをしましょう。さあ、椅子に座って私を見て下さい」
元の椅子に無理やり座らせると、眼鏡を外してテーブルに置いた。元々眼鏡は変装用にと掛けていただけに過ぎない。それと眼鏡を掛けていれば知的に見え、バートン教授からの好意を得られるだろうという目論見もあった。しかし、それは目論見だけで燃え尽きてしまった。
アドリーは仏頂面のウィンストンの前で厳かに片膝をつくと、顔を上げて囁く。
「どうですか? 胸がときめきませんか、プロフェッサー」
「ときめくどころか、君を蹴飛ばしてやりたいんだが。その頭は大丈夫なのか」
教授は腕を組んで、アドリーの頭の中身を心配するように首を傾げる。
「誘拐犯に心がときめくわけがないだろう」
「確かに、そうかもしれません。ですが一分後には変わっています。人生とはそういうものです」
「君の人生はそうだろうが、私は違うんだよ。わかってもらえたら、心から感謝するんだがね」
「わかっていますよ、プロフェッサー。貴方の人生を変えてみせます」
アドリーはてんで話を聞いていない。
「まずは、私と一緒に暮らすことから始めましょう。私は貴方を満足させることができます。期待して下さい」
「私を解放してくれたら、それで満足なんだが」
この頭のおかしな男をどうしたらよいのだろうというような呟きにも、脳味噌にお花が咲いている状態のアドリーには全力で届かなかった。
「大丈夫です、プロフェッサー」
溢れんばかりの自信に満ち満ちた顔をする。過酷な訓練を経て特殊部隊に所属していたアドリーは、理性的で男らしい精悍な容貌をしていて、大体は相手に安心感を与えるはずなのだが、拉致されたウィンストンは逆に何がどう大丈夫なんだと不安になった。
「貴方は私に満足します。必ず」
アドリーは口の端をあげる。獲物を前にしたアムールトラのように。
「明日にはきっと、私に夢中になっているはずです。スフィンクスよりもね」
そう言うと、ヴァイオレット色の瞳でウィンクをした。
「……」
ウィンストンはまるで銃で撃たれたように椅子の上で身を引くと、無意識に腕をさすった。気味が悪くて仕方がない。そんな馬鹿なことがあるわけないだろうと突っ込みながら、鳥肌が立った。恐ろしい人生の幕開けを予感するように。
これが、スフィンクスに恋をしている変人として名高いウィンストン・バートン教授と、変人好きの変人として同僚たちから恐れられていたアドリー・ランカスター元SAS将校の波乱万丈な交際の始まりだった。
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