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Un♤Papa
窓辺のプランターの真っ赤な花が目印の、椅子が三脚もない、プライベート・サロン。硝子張りの店内に鋏の音が静かに鳴り響く。追いかけるのは遠い南国を思わせるレゲエ。
カットしたばかりの髪が床に散った音と、大きく羽撃いた天使の羽が舞うような音は、よく似ていると感じるのは俺だけだろうか。
「ふああ……。ぽかぽかして、眠いなぁ〜」
受け付けのレジスターを閉じた娘の花は、眠そうな目を擦って、緊張感なく生欠伸し、小さな鍵の束の輪に指を通して回している。
キュッキュッとまるで小鳥の鳴くような、バッシュの音も軽妙に、磨かれた床を歩く。
「そうして、うっかり大事な鍵を失くすな。花ちゃん、テーブルも綺麗にしておいてね」
仕事中だから背中で、やんわり注意する。娘は不貞腐れ、散らかした雑誌を片付けた。
「誰も見ないんだから、いいじゃないの! もう……。まだチェックしてる途中なのに」
ティーン向けの服飾雑誌より背伸びして、女性誌を読み漁っている。ちょっと心配だ。
「欲しいものがあるのか。無駄遣いするな」
お年頃なのである。近頃、反抗期なのか、声を掛けてもスルーで、話もしてくれない。だけど、俺は気づいている。鈍感じゃない。ずっと一緒にいる娘の変化くらい分かるさ。
上の空の花は、恋をしているのかも⋯⋯。
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