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第一話 《コキュートス》と《ギガントマキア》
「はあ~い、深雪っち。おー待た~! 本日、三件目の抗争鎮圧のお時間よ~! 衝突の舞台は若者に大人気の街、渋谷! このクッソ寒い中、抗争を起こしてくれちゃってるおバカでメーワクなチームの名前は、《コキュートス》と《ギガントマキア》!! どちらも三百人規模の中堅チームね」
腕輪型通信端末を介して聞こえてくる、皮肉交じりのマリアの声。
深雪はそれに耳を傾けながら、シロと共に路地を全速力で駆け抜ける。吐く息は白いものの、朝から駆けずり回っているので、寒さはさほど感じない。
ちょうど昼時ということもあって人通りは多い。休息に入った労働者、賑わう飲食店。負けじと大声を張り上げる露天商。ストリートに生活基盤を持つゴーストの若者たち、ストリート=ダスト。
そういった人々の間を縫うようにして目的地へと急ぐ。
「どちらも結成されてから長い、歴史のあるチームだよな?」
「そーね。ついでに双方とも攻撃力そこそこ、守備力そこそこ、戦績もそこそこ、資金力もそこそこ。これまで意味不明な騒ぎは起こさないイメージだったけど……ひょっとすると《アラハバキ》の御三家、上松組が噛んでる可能性が高いかもね。ともかく油断はしちゃ駄目よ~ん、深雪っち」
「上松組……か。先日、組長の上松将悟が亡くなったんだよな? 盛大な葬儀が行われたって聞いた」
「奴らが大人しく喪に服してたのなんて、ほんの一瞬よ。さっそく跡継ぎの座を巡って睨み合いが始まってるわ。上松将悟の息子兄弟の仲の悪さは折り紙つきだからねー」
上松将悟が亡くなった影響は、たちまち《中立地帯》にも波及した。数週間ほど前からストリートである噂が流れるようになったのだ。
いわく、いくつかのストリートチームに上松組から接触があったらしい。あるチームは組入りをしないかとスカウトまで受けているのだと。気になるのは、上松兄と上松弟がそれぞれ別のチームに声をかけているという点だ。
もともと《中立地帯》のストリートチームには、《アラハバキ》構成員の予備軍および育成団体といった側面が少なからずある。とはいえ、すべてのストリート=ダストが《アラハバキ》入りを目指しているわけではないし、闇組織と関わるのを嫌い、距離を取っている者も多い。
だが、中堅から大規模のストリートチームは強力なアニムスを持つゴーストが集まりやすく、否が応にも《アラハバキ》から目を付けられやすいのだった。
現在、渋谷で抗争を起こしている《コキュートス》と《ギガントマキア》も、まさにそういった噂が持ち上がっているチームだ。
つまり、今回の抗争は上松兄派の《コキュートス》と上松弟派の《ギガントマキア》が衝突するという、上松兄弟の代理戦争の可能性があるのだ。
「確かに《コキュートス》と《ギガントマキア》が揉めてたって話は聞いたことが無いな。シロはどう?」
深雪は隣を並走しているシロへ尋ねた。
「シロも無いよ。どちらかというと、両方とも慎重なチームだったと思う」
「……だよな。本来であれば両者がぶつかる必要は無かったはずなんだ。最近、この手の抗争が増えたな……《アラハバキ》の権力争いの余波を受けて起きている抗争が」
「《アラハバキ》の動きもきな臭いしねー。まったく、この上なく迷惑だわ!」
上松将悟の死後、《監獄都市》の雰囲気は一変したと言わざるを得ない。それも確実に好ましくない方向へと向かっている。
問題なのは、これらの現象は表面上に過ぎないということだ。水面下では確実に何かの危機が進行し、膨張し続けている。その正体が分からない。それが何よりも空恐ろしい。
街中でさまざまなトラブルに対処していると、深雪は得体の知れない不気味な胎動を肌で感じるのだった。
ともかく、この抗争は必ず鎮圧しなければならない。それもできるだけ早く。上松組の影を感じるなら、なおさらだ。深雪はマリアに現状を確認する。
「両チームの状況は?」
「集まってるのは《ギガントマキア》と《コキュートス》それぞれ五十人前後ね。実力行使には至ってないけど、互いのチームのメンツと沽券をかけてガチンコで睨み合ってるわ。猿山のサルかっつーの、こいつら!」
「もし彼らの背後に上松組がいるなら慎重に対応しないと……下手をすれば上松組が《中立地帯》に介入する口実を与えてしまう!」
マリアも同じように判断したらしく、深雪に提案をしてきた。
「どうする? 事務所の誰かにアシスト頼む?」
「いや……まだ武力衝突は始まってないんだ。まずは俺とシロで仲裁に入ってみる」
すると隣を走るシロは嬉しそうに目を輝かせ、腰に提げた日本刀・《狗狼丸》の柄を握りしめる。
「シロ、頑張る! みんなに怪我をさせないよう戦意をソーシツさせて、無抵抗で投降させる!」
「それはいい作戦だね」と深雪も頷く。
「えへへ、ニコちゃんに教えてもらったの! それから……徹底的にブチのめして、二度と歯向かえなくなるくらいのトラウマを植えつける!!」
「……。それもニコから?」
「ううん、奈落がアドバイスしてくれたの!」
「あ……うん。それは真に受けなくていいから、聞き流していいやつだから」
深雪は半眼になって応じた。決して奈落のアドバイスが当てにならないとか、役に立たないわけではないが、まだ手加減ができないシロにはふさわしくないと思うのだ。
(奈落もそこのところは分かっていると思うけど、嬉々として教えてそうだな……)
深雪はやれやれと小さく溜め息を漏らした。
「ほーい、それじゃ元気にいってみよー! ちな、ナビゲーションはプレゼンティッド・バイ・マリアちゃんでお送りしまーす!」
しばらくすると徐々に通りに険悪な雰囲気が漂いはじめる。硬い表情をして足早に通り過ぎる人々。何かから逃げてきた、真っ青な顔をした年寄りや子どもたち。
その先にある雑居ビルに囲まれた通りのど真ん中で、二つのグループが向かい合っていた。異様な興奮と凄まじい殺気が渦を巻いて、いつ爆発してもおかしくない。
「おい、何だてめえ、調子乗ってんじゃねーぞ、コラぁッ!!」
「そっちこそイキがってんじゃねーぞ! やんのか、あ? やんのかよオイ!?」
総勢百人ほどが、狭い通りにぎゅうぎゅうにひしめいて、獣のように吠え猛っている。彼らの放つ罵詈雑言が雑居ビルの壁に反響して、とにかく圧迫感が凄まじい。しかも強力なアニムスを持つゴースト同士が睨み合っているのだから、部外者なら裸足で逃げだしてもおかしくない。
髑髏の頭を持つ水流の紋章刺青が《コキュートス》、半人半龍の巨人の紋章刺青が《ギガントマキア》。
両チームはびりびりと空気を震わせるほどの殺気を放ちつつ、激しく威嚇し合っている。
ただマリアの言った通り、アニムスは辛うじて使われていないようだ。
(いや……使いたくとも軽々しく使えない、というのが実情といったところか)
《コキュートス》も《ギガントマキア》も、互いの背後に上松組の兄派と弟派がついていることを知っているのだろう。もし抗争に負けることにでもなれば、後ろ盾となっている上松組の面目までも潰してしまうことになる。どちらのチームも『親分』や『兄貴分』の顔色を気にするあまり、下手に動けないのだ。
それは裏を返すと、《コキュートス》や《ギガントマキア》が上松組の派閥争いに巻き込まれていることの証左でもあった。
深雪が気になることはもう一つある。
(俺が見る限り、頭の姿がないな……)
大勢の群れている若者の中で、いったい誰が頭なのか。深雪はだいたい見分けがつく。かつて《ウロボロス》というチームに属していたこともあり、彼らのちょっとした目線や仕草で判別できるのだ。
頭がいないということは、わざわざ渋谷に出向いて計画的に衝突したというより、街中でたまたま出くわして、どちらからともなく言いがかりや難癖をつけ、退くに退けなくなっただけかもしれない。
(頭がいないなら、ちょっと強めに出たほうがいいな)
中堅規模のチームなら大抵、統制が取れていて、頭がチームをしっかりコントロールしていることが多い。そのためストリートの揉め事はチームの頭に話を通せばだいたい解決するし、上手くまとまる。
しかし、彼らの手綱を握る頭は、この場にいない。歯止めとなるリーダーがいなければ、《コキュートス》と《ギガントマキア》は間違いなく『実力行使』へと突入してしまう。
「シロ、急ごう!」
「うん!!」
シロはぐんとスピードアップすると、通りに接する雑居ビルの壁を一気に駆け上がり、高々と跳躍して宙をひらりと一回転すると、睨み合うチームのど真ん中にすとっと着地する。
「みんな動かないで!!」
「な、何だあ!?」
「こいつ、どこから降って来やがった!?」
呆気にとられる《コキュートス》と《ギガントマキア》の面々だが、シロが日本刀を手にしているのに気づき、息を呑んで身構える。その隙に深雪も集団をかき分けて進み、シロの元へ追いついた。
「おい……みんな何をやっているんだ? ここは喧嘩をする場所じゃない! 周りに迷惑をかけているのが分からないのか!?」
「あ? 何だよ、てめえ!?」
「どこのチームの奴だぁ!?」
「俺たちは東雲探偵事務所の《死刑執行人》だ。どんな言い分があろうと、こんな往来のど真ん中で抗争するのは認められない! 全員、今すぐこの場を立ち去れ!!」
それにカチンときたのか、両チーム合わせて百人ほどの殺気が深雪とシロに集中する。
「ああ……? てめえらが《死刑執行人》だあ!?」
「バカも休み休み言いやがれ!」
「てめえらたった二人で、俺らに敵うと思ってんのかよ!?」
「……もう一度言う。喧嘩はやめて今すぐ解散しろ! そうすれば誰も傷つかずに済むし、《リスト執行》対象になることも無い! 俺たち《死刑執行人》だって本当は《リスト執行》なんてしたくないんだ!!」
《リスト》とは《警視庁指定ゴースト第一級特別指名手配書》―――通称、《死刑執行対象者リスト》のことだ。
《関東収容区管理庁》によって《死刑執行対象者リスト》に登録されたゴーストは、《死刑執行人》によってその命を狩り取られる。国家権力がゴーストに干渉する手段が極端に限られている中、法によって認められている唯一の『特例措置』だ。
血の気の多い連中は、軽々しく《リスト執行》の名を出されて癇に障ったのだろう。敵意を隠そうともせず、むき出しにする。
「ああ!? ナメてんじゃねーぞ!」
「《リスト執行》を出せば、俺らがびびると思ってんのか!?」
「ずいぶんと上から目線じゃねーか? マジでムカつくぜ!」
「てめえらが《死刑執行人》だってんなら、今すぐ俺らを《リスト執行》してみせろよ!!」
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