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三月の面接者
芳恵が沙都子の面接をしたのは、三月の初め。
場所はO駅前の喫茶店だった。
沙都子は小作りで整った顔をしていたが、人目をひく派手な美人というタイプではない。
化粧もごく薄く、三十八という年よりはだいぶ若く見える。
芳恵は驚いた。
沙都子は風俗店の面接に来るような女には見えなかったのだ。
芳恵は老舗風俗店『花水木』の雇われママだ。
電話番として八年勤めた後、先代のママ雪乃から店を任されて一年が過ぎた。
風俗店の女店長は、長い現役生活の末に小金を貯めて自分の店を持つか、長年勤めた店でママの後釜につく例が多い。
だが芳恵は、風俗嬢として働いた経験がなかった。
そのせいか十年近く経ってもまだ、芳恵は店の女たちと馴染めないところがある。
それぞれ苦労の末に体を売ることになったのだろうが、身勝手でだらしのない女たちに呆れることが多かった。
朱に染まるまいと、なるべく関わりを避けてきた。
特に三月に面接にやってくる女は、毎年ロクな者がいない。
ニッパチといわれ、二月と八月はどの店もヒマになる。
連日客に付けず日銭に困った女たちは、二月下旬から三月にかけて店を変えようと移動を開始する。
店を変えたからといって、売れない女はどこにいっても売れない。
移った先でも客に付けず、また店を変える。
いわゆる転々虫と呼ばれる女たちの出来上がりだ。
そういうわけで今日の面接も、芳恵は全く期待していなかった。
まさか沙都子のような女が現れるとは、思ってもみなかった。
「こういった仕事の経験はあるの?」
芳恵がきくと、沙都子はうつむいた。小さく「はい」と答える。
こんな上品そうな女でも、風俗の仕事をしなければならない目に合うのか——。
芳恵は沙都子が気の毒に思えてきた。
沙都子の三十八という年は、十年前に芳恵が『花水木』で働き始めた時とちょうど同じ年だった。
結局、客につくことはなかったが、芳恵も最初は風俗嬢になるつもりで面接に臨んだ。
面接の間中、喉がカラカラだった。
頼んだアイスコーヒーを飲む手が震えた。
氷が大きな音をたてたことまで覚えている。
沙都子も同じ気持ちでいるに違いないと、芳恵は十年前の自分と目の前の沙都子を重ねて同情した。
同情しながらも頬が緩んでしかたなかった。
(この子は絶対、売れっ子になる!)
沙都子は店の稼ぎ頭になるに違いない。
芳恵はそう確信した。
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